第9話 それからの妖怪学校

 それから、長い年月が過ぎて、私も還暦を迎える年になりました。

私は、それからもずっと妖怪学校で教師をしています。

と言っても、私の身分は、天狗校長の後を継いで、二代目校長に就任しました。

天狗校長は、理事長として、妖怪学校の経営と維持に奔走して、滅多に学校には来なくなりました。

 妖怪学校は、相変わらず、元気な子供たちの声がしています。

でも、私が教えた子供たちは、もうここにはいません。

大人になって、卒業して、それぞれの世界や国に帰っていきました。

みんな元気でいるかな…… 私は、ふとそんなことを考えるようになりました。

 私はというと、カラス先生と結婚したのです。そして、一人娘が出来ました。

その娘が、今では、私の後を継いで、妖怪学校の先生になりました。

 私とカラス先生の間に出来た子供なので、妖怪と人間のハーフということに

なります。

女の子なので、父親の血が強かったのか、背中に羽が生えて、妖怪やバケモノの言葉もすぐに理解できるようになりました。

すぐに子供たちとも打ち解けて、すぐに仲良くなりました。私のときのような

苦労をしなくていいのは、いいことです。

 妖怪学校は、今では、私の家族で運営しているといっていいかもしれません。

もちろん、カラス先生も変わらず教壇に立って、子供たちを教えています。


 いつの間にか、この学校の評判が立つようになり、日本だけでなく、世界中

から、妖怪やバケモノ、オバケや幽霊などの子供たちが集まって、今では、

一クラス15人で、2クラスも出来て、私も校長の傍ら、教壇に立っています。

「ねぇ、お母さん、子供たちがちっとも言うこと聞いてくれないんだけど、

どうしたらいいの?」

「学校では、校長と呼びなさいって、いつも言ってるでしょ」

 娘が職員室に入ってくるなら、私に言いました。

「校長先生、子供たちが言うこと聞いてくれないんだけど、どうすればいいの?」

「なにを言ってるの。あなたは、先生でしょ。しっかりしなさい」

「は~い」

 娘は、そう言って、職員室を出て行きました。

「まったく、あの子は、まだまだ頼りないわね」

「イヤイヤ、そんな事ないですよ。美久さんの娘なんだから、しっかりやってるよ」

「あなたが甘やかすからいけないんですよ」

「ごめん、ごめん。でも、昔の美久さんのが、もっと大変でしたよ。いつも子供たちに泣かされてたよね」

「昔の話は、やめてください」

 昔の話をされると、私は、いつも恥ずかしくなります。

私が初めてこの学校に赴任してきたときは、何をどうしたらいいのかわからず、子供たちに振り回されてばかりでした。

それでも、毎日が楽しかったことを思い出します。

私は、自分の机の上の写真を見ながら昔を懐かしく思いました。

その写真は、私とカラス先生の結婚式のときに撮った、全員の子供たちとの記念の写真です。

「おはようございます」

 久しぶりに天狗理事長が職員室に入ってきました。学校に来るのは、何日振りでしょうか。

「おはようございます。理事長」

「牧村校長、久しぶりです。元気ですか」

「ハイ、元気は元気ですけど、私も、もう年ですから」

「そんなことはないですよ。今もお元気そうで、いつまでも若いですよ」

「ありがとうございます」

 久しぶりの会話が、朝から楽しく感じました。

「そうそう、今日は、牧村校長のお誕生日でしたね」

「あら、そうでしたか? もう、私も還暦ですからね。誕生日といわれても、

昔みたいにうれしくもないですよ」

 私は、正直に言った。昨夜は、夫のカラス先生と娘に還暦のお祝いをしてもらったばかりでした。

私もすっかり年を取りました。昔のように、子供たちと走り回ることは出来ません。

 人間の一生というのは、天狗理事長やカラス先生、妖怪やバケモノの子供たちより、ずっと短い。だから、短い人生を悔いなく終わりたい。

私がやれることは、すべてやりつくしたい。

そのためにも、還暦とはいえ、まだまだがんばって生きたい。

一人でも多くの子供たちを教えたい。私は、今もそう思っています。

「そうですか。うれしくないんですか」

 天狗理事長は、なぜか、笑いながら言いました。私は、その意味がわかりません。

「校長先生。アレを見ても、うれしくですか?」

 何のことはわからず、私は、少し考え込みました。

「外を見てください」

 言われて私は、振り返って校庭を見ました。そこには、信じられない景色が

目に入りました。

「美久先生ーっ!」

「美久センセ、お誕生日、おめでとう」

 私の目に飛び込んできたのは、かつての教え子たちでした。

「えっ…… あの、そんな……」

「どうですか。あの子たちが、校長の誕生日を祝いに集まったんですよ」

 それを聞くと、私は、職員室を飛び出すと、靴を履くのももどかしく、校庭に走りました。

あの子たちが、私のために、集まってくれた。これ以上のうれしいプレゼントはありません。

「みんな!」

 私は、子供たちの輪の中に入ると、すっかり成長した、あの子たちが寄って来ました。

この子たちと会ったのは、カラス先生との結婚式のとき以来で、二十年以上も会っていません。

 すっかり、見違えて、大人になった子供たちの姿を見て、私は、驚くと同時に、感極まりました。

「美久先生、誕生日おめでとう」

「一つ目くん、三つ目くん……こんなに大きくなったのね」

「もう、美久先生より、背が高くなったよ」

 私の腰までしかなかった、小さかった一つ目くんと三つ目くんは、私が見上げるくらい、成長していました。

「美久センセ、これは、あたしからのプレゼントよ」

「人魚ちゃん…… 立派になって。とってもきれいよ」

「そうよ。あたしは、人魚の国のお姫様なのよ」

「それじゃ、人魚姫ね」

 あんなに小さくて可愛かった人魚ちゃんは、すっかり大人の女性になっていました。小さかった尾ひれは、大きく揺れて、体つきも大人でした。

「美久センセ、おめでとうございます」

「もしかして、雪子ちゃん。こんなに大きくなって、美人になったわね」

「あたしは、雪女家のお姫様になって、雪姫になったのよ」

「あなたもお姫様に…… まぁまぁ、ホントによかったわね」

 スリムな体に白い着物がよく似合って、大人になった雪子ちゃんは、

とても美人でした。

「美久先生、俺を覚えてる?」

「あなたは、もしかして、犬男くん」

「ちがうよ。今は、狼男だぜ」

 柴犬みたいな可愛い犬男くんは、今やすっかり大きくなって、私を見上げるくらいの大きな体でホントに狼男といった方がいいくらい、立派な大人になっていました。

「美久先生、俺も覚えてる?」

「キツネくん…… キツネくんなの?」

「そうだよ。見てくれ、もうすぐ、シッポが九本になるんだ」

 そう言って、シッポを見せてくれたキツネくんは、キタキツネのようだったのに、今では、大きくて立派な九尾の狐と言ってもいいくらい、白くてきれいな体をしていました。

しかも、あの頃は、二本に分かれていたシッポが、七本に増えています。

「美久センセ、お久しぶりです」

「バケ猫ちゃん…… きれいになって、見違えたわ」

 可愛かったバケ猫ちゃんは、今や大人の女性でした。モデルと言ってもいいくらいの美人です。

「美久センセ、おめでとうでゲロ」

「あらあら、河童くん。どうしたの、そのお腹?」

「すっかり、中年太りでゲロ」

 クラス一小さかった河童くんは、私よりもずっと背が高く、私の三倍くらい

太っていました。でっぷりと張り出したお腹をポンポン叩いています。

「美久先生、お元気ですか?」

 そう言って、私に首を巻きつけてきたのは、ろくちゃんでした。

「ろくちゃん、首が長くなったのね」

 あのころは、短かった首が、何メートルも伸びるようになっていました。

しかも、ものすごい美人になっていて、ビックリです。

「美久センセ」

 すっかり大きくなった子供たちの間から顔を出してきたのは、カカシくんと

傘バケくんでした。

「あら、あなたたちは、余り変わらないわね」

「ぼくたちは、物から生まれた妖怪だから、あんまり成長しないんだよ」

 そう言って、頭を掻いている二人は、あの頃とほとんど変わりません。

「美久先生、おめでとうございます」

「幽子ちゃん、霊子ちゃんね。ありがとうね。あなたたちも余り変わってないわね」

「あたしたちは、幽霊ですから、あの頃のままなのよ。

「結局、あたしたちは、いまだに成仏してません。いつまでも、美久先生のお傍にいさせてください」

 幽霊の幽子ちゃん、自縛霊の霊子ちゃんは、相変わらず可愛いままです。

「美久先生、これは、誕生日祝いだジョ」

 そう言って、ザルに一杯の鮎を差し出したのは、カワウソくんでした。

「カワウソくん、こんなに大きくなって」

 いつもみんなを笑わせて、私に怒られてばかりだったカワウソくんが、立派な大人に成長していたのです。

私は、うれしくてうれしくて、涙が止まりませんでした。

「美久センセ、また、泣いてるジョ」

「校長先生になっても、泣き虫ね」

 なんて言われても、私は、涙が止まりませんでした。

「美久先生、おめでとうございます」

 そこに現れたのは、あの天使くんでした。

白いスーツがよく似合う、とても爽やかな青年に成長した、天使くんでした。

頭には、あの頃よりもさらに大きく、光ってる輪が浮いています。

「天使くん、こんなに立派になって……」

 私は、それ以上、言葉が出てきませんでした。

「美久先生に、紹介します。ぼく、アクマちゃんと結婚しました」

「えっ!」

 余りにも突然のことに絶句している私の前に、姿を見せたのは、

立派なアクマに成長したアクマちゃんでした。

「美久センセ、久しぶりです」

「アクマちゃん…… ホントにアクマちゃんなの……」

「ハイ、天使くんといっしょになりました」

 なんて素晴らしいことでしょう。天使と悪魔は、お互いに違う種族同士なのに、その壁を乗り越えていっしょになるなんてこんな素敵なことはありません。

「おめでとう。ホントに、おめでとう」

「ありがとうございます。美久先生には、一番にお知らせしようと思ってきました」

 黒い衣装が似合う大人の女性に成長したアクマちゃんの姿に感激しました。

昔は、二人は、私のうちで暮らしていました。いっしょに寝て、いっしょに

食べて、いっしょに遊んで、素直で弱虫の天使くんと皮肉屋でクールな

アクマちゃん。お似合いのカップルです。

 このとき、私の脳裏には、あの頃のあの子たちの顔と姿が蘇りました。

教え子の中から、カップルが生まれるなんて、あの頃は、思いもしませんでした。私にとって、こんなにうれしいことはありません。

このうれしさは、言葉になりません。

「それじゃ、みんな、セ~ノ」

「ハッピバースデートゥユー、ハッピーバースデーティア~、美久せんせぇ~、ハッピバースデートゥユー~」

 みんなが声を合わせて、歌ってくれました。私は、涙が止まりませんでした。

そして、子供たちは、続けて歌い始めました。


『きらきらひかる そのかおは いつもたのしく げんきよく あかるくすごす まいにちを みんな いっしょに ぼくらのがっこう ようかい ようかいがっこう』


 妖怪学校の校歌でした。もちろん、私も歌います。でも、涙で思うように声が出ません。こんなにうれしいプレゼントは、生まれて初めてです。

何よりも素敵なプレゼントでした。

「美久先生、ぼくは、美久せんセと暮らしたときのこと、忘れてませんよ。あの頃は、楽しかったなぁ~」

 天使くんが、私を抱きしめて言いました。

「今、こうして、あたしたちがいるのは、みんな美久センセのおかげなのよ。

ねぇ、みんな」

 と、アクマちゃんが言うと、他の子供たちも口々に言いました。

「そうよ」

「そうです」

「そうニャ」

「そうだじょ」

 昔は、私が子供たちを抱きしめていたのに、今は、私が子供たちに抱きしめ

られるようになりました。

「ありがと。みんな、ホントにありがとう」

 私は、大きくなった子供たち、一人ひとりとしっかり抱き合いました。

この学校に来てよかった。来なかったら、この子たちと出会うことはありませんでした。

こんなに素晴らしい子供たちに出会えてよかった。

いつの間にか、私は、この子たちに追い越されてしまったけど

それでよかったんだ。私は、この子たちといっしょに暮らして、勉強して、

遊んだ毎日に感謝しました。

 大きくなっても、この子たちは、私の大事な子供たち。私が愛する子供たち。

これからも一人でも多くの子供たちを育てていきます。

それが、私に残された人生なんだとこの子たちを見ると、そう思いました。

 素晴らしい子供たちは、今日の澄み渡る青空より、眩しく見えました。


                          終わり

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妖怪学校の子供たち。 山本田口 @cmllaaa

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