12:お祭りの日

 南方の辺境地であるここにも春先と収穫期のお祭りに合わせて、中央から商人らが訪れてくるため珍しい品を見ることが出来る。

 祭りの期間は一週間。特に行商人が集まる三日目頃からは、近隣の町や村から人々が集まって賑わっていた。

 しかしこのような時期であるから、賊も活発になるし、また町中で不埒な行いをする者も増える。きっと今頃、青と白の騎士団は忙しさに辟易しているだろう。

 半年前は自分もそうだったなと、私は日に日に活気が良くなっていく町の様子を見ながらひとりごちた。

 変わらぬは赤の騎士団だけかな?


 この祭りが始まってから、騎士団長のフェリックスはほとんど家に帰って来なくなった。仮に帰って来てもほんの一時間ほどの事、ちらっとルスランの様子を見るだけだ。

 残念ながら帰宅は夜遅いので、ルスランの寝顔しか見られないが……


「お帰りなさいフェリックス。今日も遅かったのですね」

「ああ悪いな。まだまだ忙しい」

「いいえ判っていますよ。もし私に手伝えることがあれば遠慮なく言ってください」

「騎士団長としては無いな。だがこの家の家長としては一つ頼みたい」

「何でしょうか?」

「ルスランの事だ。あいつは本当はこの祭りに行きたいのだと思う。

 だが俺は毎回忙しくてなぁ、いつもあいつを連れて行ってやれなかった」

「判りました。でしたら今回は私が連れて行きましょう」

「うん助かる。じゃあ俺は仕事に戻るよ」

「フェリックス、一つお忘れです」

「なんだ?」

「お祭りと言えば露店や出店です。私からルスランに日頃のご褒美として、お小遣いを上げても構わないでしょうか?」

「ああ悪いな、だがあまりやり過ぎるなよ」

「はい心得ていますよ」



 翌朝。

「おはようございますオレーシャさん。

 アヴデエフさんは今日も騎士団の方なんですね」

「団長なら昨夜遅くに一度帰って、朝早くに出勤されました。ルスランの準備してくれた着替えをちゃんと渡して置いたよ」

「そっか~良かった」

「それから団長から伝言を預かっています」

「何かなぁ」

「今日は私と一緒に祭りに行っても良いそうです」

「えっほんと!?」

「えぇ私は嘘は言いません」

「あはははっ確かにそうかも~」

「掃除が終わったら祭りに行って、お昼はそこで済ませましょうか」

「うん! だったらすぐ終わらせるね!」


 よほど嬉しかったのか、ルスランは驚くほどの速さで家事を終えた。

 それに新米の私が貢献したかと言うと……、まぁギリギリ及第点であろうか?


「さてルスラン。祭りに行く前に一つ約束をして欲しい事があります。祭りの日はルスランの想像よりも人が多い。だから私から決して離れないこと。

 ちゃんと約束できますか?」

「うん解ったよ」

「よし。じゃあこれを」

 私は事前に準備して手に持っていた銅貨を、手を広げて見せた。チャラリと貨幣の音が響く。

「これは?」

「日頃頑張っているルスランに私からご褒美です。半銀貨一枚分あります大切に使いなさいね」

「い、いいの?」

「もちろん。子供が遠慮するものではないよ」

「ありがとうございます……」

「いいか祭りにはスリも多い、お財布から絶対に手を離さないようにしなさい」

「うん大丈夫です。服の中のポケットに入れてその上からしっかり押さえてるよ」

「それなら大丈夫。じゃあ行きましょうか」


 フェリックスに買って貰ったスカートと、─少し悩んだが─同じく彼に買って貰った短剣を腰に差してルスランを連れて家を出た。

 いつも行く市場も祭りに合わせて活気づいているだろうが、私たちはそれとは別の行商人らが並ぶ中央広場付近に足を向けた。

 いつもより安い品は魅力だが、どちらかと言えば珍しい品の方に軍配が上がる。


 行商人らの露店を見て気になった品を買っていく。

 歩きながらでも食べやすいように、串の品が多いだろうか?

 最初は一本ずつ買ったが、すぐに色々な味が試せるほうが良いとどちらともなく気付き、それからは一本だけを買い分けあって食べた。

「初めて食べたが思ったより美味しい」

「へぇ~オレーシャさんも食べた事が無かったの?」

「ふむそう言えばそうだなぁ。祭りの記憶と言えば、街道?」

「なにそれ、あははは」

 そう言われてもな……

 南方に赴任してからと言うもの、この忙しい祭りの日に休暇が取れる訳はなく、祭りの間は街道をずっと走り回っていた。

 すっかり夕刻に警備を終えて町に戻ってきて、いつもより活気があるなとすっかり他人事の様な感想を持っていた。

 その私がいまは日中だというのに、祭りの中心部にいる事が不思議に思える。

「楽しいね!」

「ああとても楽しい」

 言い淀むこともなくスッと返事が出て自分でも驚く。どうやら私はこの生活が思ったよりも気に入っているらしい。

 弟の様な子を連れて、のんびり過ごすのも悪くない。



 私たちはお昼ご飯の代わりに色々な露店の品を食べた。祭りに来てからずっと人込みを歩き通しだったから、今は露店で珍しい果実のジュースを買って離れた場所に座って一息ついていた。

「お腹いっぱい~!」

「それは良かった」

「オレーシャさん、お代はいくらでした?」

 露店の品を買う時はすべて私が出していたのを気にしているのだろう。

「これは昼の代わりだから私が出しておくよ」

「でも……」

「気にしなくていい。でもここからはちゃんとお小遣いから買いなさい」

「ありがとうございます」

「う~んルスランはもっと我がままを言って良いと思うのだけどね」

「それは駄目ですよ。僕は居場所を貰ってるだけで十分です」

「そうか、すまなかった。これは私が口を出すことではありませんでした」

「ううん大丈夫です」

 そう言うとルスランはいつもの様にニパッと笑った。

 それが取り繕う様な表情に見えたのは、きっと気のせいではないだろう。

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