13:過去からの誘い
ルスランは私が上げたお小遣いで数本の串を購入していた。
「驚きましたルスランはまだお腹が空いているのですか?」
「ううん違うよ。これはお祭りに来れなかったアヴデエフさんの分だよ」
なんと孝行な子だろうか。
「それならば私も半分だしましょう」
「いいんだ。僕に買わせてよ」
そこまで言うならと、ルスランに任せることにした。
食品が売られている場所を抜けて、今度は食品以外が売っている露店の方を回っていく。そちらの露店には珍しい品が多く並んでいた。
残念ながら珍しすぎて、パッと見で用途が解らない。
いったいあれは何に使うのか?
しかしそれはルスランも同じ感想の様で、へぇ~だのほぉ~と感嘆の声は上げるが、決して手を出そうとはしなかった。
無理もない、下手に触れて壊せば弁償と言う話も出てくる。用途不明でも珍しいからきっと高いだろう。触らぬ神に祟りなしだ。
気付けば露店の中心部分までやって来た。この辺りは流石に人通りが多く、歩くのも一苦労だ。
「ルスラン、大丈夫か?」
念のためにここに入る前に手を繋いでいたが今にも離れそうな状態だ。
「うー大丈、夫ぅ」
よいしょとルスランが人をかき分けて出てきた。そのルスランの頭越し、茶色の服の男がなにやら怪しげな動きを見せた気がした。
「ルスランよく聞いて。そこを上手く抜けて待っていてほしい」
比較的に人込みが少なそうな場所を差してそう伝える。しかしそう言いながらも、私は視線を別の露店の方に歩いて行った茶色い服の男から決して外していない。
一瞬で私が険しい口調に変わったからか、ルスランは驚きの声を上げた。
「えっ? どうかしたのオレーシャさん?」
「いいか人込みを出たら歩き回って探す必要はない。だが衛兵が近くを通ったのなら引き留めておいてくれ」
そう言い捨てて私は人込みをかき分けてその男の方へ向かった。
私はやっと男の側まで辿り着いた。後ろの位置をしばらく維持しながら、男が犯行に及ぶ瞬間にその手をがしっと掴んだ。
「いだだっ! 何すんだ!?」
「スリの現行犯です。大人しくなさい!」
叫び声二つ、騒ぎに気付いた人々がざざっと離れて円が出来はじめる。
丁度いい!
場所が空いたからと、男の腕を後ろ手に締め上げて肩を押さえつける。ああしまった、今日は汚れやすい灰色のスカートだった。
体重をかけてそのまま押さえつければ、男を地面にひれ伏させることも出来ただろうが一瞬躊躇した。
男が締め付けから抜け出そうと暴れはじめる。
「悪いね」
ゴキッと男の肩から嫌な音が聞こえた。力を一気に籠めて肩を外したのだ。
「ぎゃぁぁ」
悲鳴と共に男の手から財布がポロリと落ちた。
「店主、済まないがそこの紐を貸してください」
「あ、ああ」
近くの露店の店主に、鳥を吊るしていたひもを借りて男の手を後ろ手で拘束した。
程なくして青の色を纏った兵士が二人やって来た。青騎士団の面々であろう。
「スリだとお聞きしましたが?」
「私は元白騎士団のボロディンです。後は頼みます」
「おおっボロディン隊長!? お噂はかねがね! ご協力感謝します」
衛兵がスリの男を連れて行くと、ルスランが走って来た。彼は衛兵さんが来たから教えたよと笑顔を見せた。
「ありがとうルスラン」
少年の頭を撫でていると周りから拍手が巻き起こる。拍手に紛れて聞こえてくるのは、「すげー」やら「カッコいい」だのと言った賛辞の言葉だ。
褒められたくてやった事ではないからどうにも気恥ずかしい。
すると拍手をしながら一人の男が歩み寄って来た。
「先ほどの名乗りをお聞きしました。もしや以前に東方で勤務されていた騎士のボロディン様でしょうか?
お久しぶりです貴女に助けて頂いたムトツェルです」
「東方に居たボロディンと言うのならば私に間違いないですが……
済まないけれど私はあなたの名前を覚えていません」
「それは残念です。わたしは貴女に命を救って頂きました。
ここでお会いしたのも何かの縁でしょう。どうですかあの時のお礼に一杯お付き合い下さいませんか?」
「生憎だが連れがいます。
それに騎士が街道で人を助けるのは職務でしかない。それにいちいち恩を感じる必要はありません」
「確かにその通りですが、それではわたしの気が済みません。
そうだ、わたしの露店に東方から持ってきた品がございます。甘いお菓子ですからお連れ様に如何でしょう?」
さあ是非にと男は招く気満々の姿勢をみせてくる。どうやら離してくれなさそうだなと思い、ルスランに良いかと確認した。
「大丈夫です、僕の事は気にしなくても良いですよ」
ならば仕方がないと、私はムトツェルの誘いを受けた。
ムトツェルの商店が入っている天幕に案内され中に入る。折り畳みの簡易の椅子を薦められてルスランと隣り合って座った。
「さあどうぞ東方のお菓子ですぞ」
「うわあっ綺麗なお菓子!」
「それは金平糖という物だよ」
砂糖が固まった飴の様な物。味は変哲もないが、トゲトゲのまるでモーニングスターの様な形状が特徴だ。
ルスランが手を伸ばし、私も久しぶりだと一つ摘まんで口に入れた。
うむ相変わらず甘いな。
「先ほどの手腕、相変わらずお見事でしたな」
「相手は賊でもなくただのスリだ、何も誇る様な事ではないでしょう」
誇るどころの話ではない。むしろその逆で、私は自分が情けなかった。
まさか自分がスカートの汚れを気にして躊躇するとは思わなかった。
「そう言えば先ほど元白騎士団と仰っていましたな? 見れば私服のようですし、もしや退役されたのでしょうか?」
「目ざとい、いや耳が良いのか?」
「ふふふ、お褒め頂き光栄ですな。商人にはどちらも必要な事ですよ」
「あなたの言う通りですよ。怪我をして騎士団を辞めました」
「おや、しかし先ほどの動き、とても怪我をしている様には見えませんでしたが?」
「徒歩ならばそれほど変わりません。ですが馬に乗って戦うには駄目でしょうね」
「ほほぉ! それは良い事を聞きました」
「良い事?」
「いや失敬。怪我をされて良い事とは失言でございました。謝罪させて頂きます。
実は貴女に助けて頂いてから、わたしは個人的に護衛を持つようになりましてな。その護衛を鍛えてくれる腕の良い師を探しておったのですよ。
貴女ならば何の問題もない。どうでしょう? ぜひお願いできませんかな」
「失礼ですがムトツェル殿はここの者ではなかったと思いましたが?」
「ええ確かに。ですからもしも受けて頂けるのであれば、わたしと一緒に来ていただく必要がございます」
「申し訳ないですが私はここを離れようとは思っていません」
「今後はどうされるのです? 騎士爵の名誉褒賞でずっと暮らされるのですか?」
「ふふっ永久就職と言う線はどうでしょう?」
「確かに貴女ほどお美しければそれも叶いましょう」
「申し訳ない慣れない冗談は言う物じゃないな。見え透いたお世辞は止めて欲しい」
「お世辞のつもりはありませんが……
そうですね、給料は騎士団の給料の倍を出します。祭りの間のあと四日間はこちらに居ます。もしも決心が変わりましたら、ぜひいらして下さい」
来なければ縁が無かったと思いますゆえと、ムトツェルに一方的に話を切られた。
なんとなく気が削がれて、ムトツェルと別れると私たちはすぐに家に帰った。
「夕飯の支度をしてきますね」
台所に向かったルスランと別れて、私は自室に戻った。
自然と視線は下に、薄い灰色のスカートが目に入る。汚す前に着替えようと紐に手に掛けたらため息が漏れた。
情けない……
衣服の汚れを気にしてスリにいらぬ怪我をさせた。騎士を辞めてたったの一ヶ月でこの体たらくだ。
これからずっとこんな生活をしていたら、私はもっとダメになるのではないか?
条件だけを聞けばムトツェルの誘いはとても魅力的だが……
いやっと首を振る。私にはこの心地よい生活を捨てる決断は出来そうにない。しかしここは永続の場所ではなくて仮初めの宿だ。
いつかは出て行かなければならない場所だ。
それがいまでない保証はない。
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