07:新しい家

 オレーシャが家に来てから一週間と少し。

 その間に彼女は何もしていなかった訳ではない。

 三日目の頃には家屋を扱っている商人の元を訪ねて、新たな条件で候補となる家を紹介して貰ったそうだ。


「フェリックス。済みません、少々お時間を頂いてもよろしいですか?」

「ああ構わないがどうかしたか」

「商人から紹介して貰った部屋の相談に乗って欲しいのです」

「ほお今度の牧場は金貨いくらだ?」

「ううっいじめるのは止めてください。私もここに来て現実を知ったのですから牧場はとうに諦めました」

「それは残念だ」

「ええ残念は残念ですけども……

 それで、えっとこれなんですがどうでしょうか」

「どれ拝見しよう」

 商人が寄越したらしい物件書を受け取りぱらぱらと捲っていく。間取りに広さ、そして場所。見れば見るほどどれもこれも俺の家とそっくりだ。

「これをどうやって決めたのか聞いて良いか」

「こちらに住まわせて頂いて、特に不便も不満も無いので、商人には同じような条件を伝えて探して貰いました」

「その条件とやらをちょっと言ってみてくれるか?」

 するとオレーシャは、壁の色から部屋の数、そして間取りまでを正確に事細かに言い始めた。それが終わると今度は町からどのくらいの距離で、井戸の数からその場所は~だとか続いていく。

 なるほどそこまで細かに伝えれば俺の家とほど変わらぬ物件が紹介される訳だ。

 やっと解った。つまりこの子は応用が利かないのだ。


 一人で暮らすには少々部屋の数は多い気がするが、きっと狭いよりは不自由をしないだろう。しかしここで、問題ないからと言って本当に送り出して良いか?

 いやダメな気がする。

 もしかして上手く行くかもしれない。だがいま現在、俺の勘はダメだと言っている。

「家は悪くないな」

 パァとオレーシャの顔に笑みが浮かんだ。

 相変わらず笑うととても綺麗だなと思う。普段は無愛想で、鉄面皮などと称されているからギャップと言う奴だろうか?

「だがこれでは俺の家だ。オレーシャの希望する家ではないだろう」

「うっ……」

 とたんにしょぼんとしてオレーシャの顔から笑顔が消えた。ここまで感情の起伏が激しいとなんだか虐めている気分になる。

 誰だよ鉄面皮なんて言った奴は!?



「つまりフェリックスは牧場が無いと仰りたいのですね」

「違ーうっ! いい加減、お前は牧場から離れろ」

「では何がいけないのでしょうか?」

「なあオレーシャ。それが解るまでここにいるというのはどうだろうか?」


 しばしの思案の後、

「……つまりフェリックスは私が居ても構わないのですか?」

「ん? そうだな幸いルスランも懐いている様だしな全然構わんよ。

 それにな今までは仕事で遅い時は、家に残したルスランが心配だったんだ。だがオレーシャが家に居てくれると思うと安心できる」

「なるほど。そう言う事でしたら私でもお役にたてますね!」

「はははっ、なんせお前は俺より強いくらいだからな頼りにしてるよ」

「ご冗談を私などが男性の団長より強い訳がないでしょう」

「そうでもないぞ、世の中の既婚男性は家を護る妻には頭が上がらんらしいしな」

「ふぇっ妻!?」

「ち、ちがう! 妻じゃなくて家を護る女性だ! すまん言い間違えた」

 しどろもどろに言い訳しつつも頭の中では、妻以外の誰が家を護るんだと自分に対して冷静にツッコんでいた。

 ああっ母ちゃんか!?


「あはははっ驚きました。ですがやめてください団長。

 私の様なものでも一応は女です、異性からそう言われれば勘違いしてしまうではないですか」

「あ、あぁ済まん」

 勘違いだと?

 もしも勘違いさせていたとしたら……

 一瞬浮かんだ考えを俺は頭を振って振り払った。オレーシャが不思議そうに首を傾げているが知った事か。

 危ない危ない、エドゥアルドの馬鹿に毒されたか。

 落ち着けよ。もしも手を出したら一生あいつにからかわれ続けるぞ!







 自室に戻ると立っていられなくて、ドアを閉めたその場でぺたんと座り込んでしまった。そして私は「はぁぁ……」と深いため息を吐いた。


 なるべく早く出て行かなければ迷惑になると思って商人の元を回ったが、どういう家がお好みですかと聞かれて何も思い浮かばなかった。

 とは言えなんでもいいと言える様な安い買い物ではないから、いま住まわせて貰って不満が無いフェリックスの家を覚えている限り伝えた。

 そして出てきたのは本当に瓜二つの家だった。

 うんとてもいい家だ!


 家に帰ってからドキドキしながらフェリックスにその物件の資料を見せた。

「家は悪くない」

 そうだろうとも!

 心の中でだけだが、ここには何を置いて、この部屋は私が使おうなどと想像していたら、妄想の中にフェリックスやルスランが現れた。

 ここで初めてあれっと首を傾げた。

「だがこれでは俺の家だ。オレーシャの希望する家ではないだろう」

 今まさに自分が思っていた事を指摘されたように感じて心の底から動揺する。

 私は一体なんの為に出て行くのだろうか?

 居候だから出て行くんだよ。ううん、それは解っているつもり。じゃあなんで二人が、新たな私の家に居たの……


「なあオレーシャ。それが解るまでここにいるというのはどうだろうか?」

 まさにこの言葉は渡りに船だった。

 心の中では、乗ってしまえという誘惑する声と、もう一方でフェリックスの好意に甘えてはいけないと厳しい声がする。

 そして私はもっとも都合の良い言い訳を手に入れた。

 それは〝ルスランの為〟だ。私は浅ましくもそれにしがみ付き、この家にいる口実を手にしたのだ。


 居ても良いと言われて本当にホッとした。

 だから柄でもない話をしたのかもしれない。異性から初めて言われた〝妻〟と言う言葉に私はドキンとした。

 それは〝妻〟と〝女性〟、ほんのちょっとの言い間違い。

 私はいったい何を喜んでいるのだろう。それは私の様な無骨な女にはもっとも縁のない言葉じゃないか。


「あはははっ驚きました。ですがやめてください団長」

 果たしてあの時、私は上手く笑えていただろうか?


 ドアの前から立ち上がることもなく、私はもう一度深いため息を吐いた。

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