08:叱られる人と叱る人

 白騎士団の業務は街道の警備だが、団長になってからと言うものフェリックスは内勤ばかりになっていた。

 報告書の確認や備品の要望書、それに薬品などの購入など、どれも団長のサインが必要なので、迂闊に外に出る訳にもいかないのだ。


 さてすっかり事務仕事ばかりになっていたフェリックスだが、今日は珍しく外に出ることになった。

 それは病気で休んだ団員の補充要員と言う名目だ。普段は町中で待機と言う名目で訓練を命じた予備隊から出すことになっているのだが、今回はいつもと勝手が違っていた。

 昨日のこと、十数人の白と青の隊員らが業務が終わってから酒場に立ち寄ったらしい。そこで深酒を飲み全員が二日酔いとでも言うのなら、参加者全員が減俸騒ぎにでもなっただろうがそうではない。

 出された肴の何かにアタリ、全員が腹痛で医者に運ばれた。


 と言う訳で、事情を聞いた白騎士団は朝からてんてこ舞い。

 予備部隊も投入し、さらに特別報酬を約束して非番の奴らまでかき集め、何とか巡回の人数を揃えた。その様な事態だから団長のフェリックスも例外ではなく、実に久しぶりに外に出ることとなった。



 久しぶりの街道だな~とフェリックスはぼんやりと遠くを見つめていた。

「団長~遅れてますよ~」

「あーすまん」

 ぼけているうちにだいぶ遅れていたらしい。フェリックス手綱を操作して馬の速度を上げた。

 小競り合いが終わってすぐの二年前は、どうしようもないなと思っていたが最近はどうだ。随分と平和になったもんじゃないか?

 これも偏に俺たちの努力の成果だなぁ~


「団長! 前方に煙です!」

「お、おう!」

 全然、平和じゃなかった。




「ただいまぁ……」

 いつもより遅い時間、フェリックスは疲れ切って家に帰って来た。

「お帰りなさい!」

「お疲れ様です。……ん? 服が汚れている様ですが、まさか巡回に?」

 肩やらズボンに事務仕事ではとても付かないような汚れが目立っていた。よくよく見れば返り血の様な物も見て取れる。

「ん~。ああちょっと久しぶりに行って来た」

「やはりそうですか、無事で良かったですね。お帰りなさいフェリックス」

「……」

 なぜかフェリックスは無言でぽかぁんと口を開けていた。

「フェリックス? 急に呆けてどうしました」

「いやぁ。こーいうのもいいなあと思ってな」

「良いとはいったい何の話です」

「ハッ!? 俺、いまいいなあって言ったか?」

「うん言ったけど、ねぇアヴデエフさん本当に大丈夫?」

「悪い! 疲れてるみたいだ。先に風呂に入って良いか?」

 いいよ~とルスランの声を背に聞きながら、フェリックスは慌てて風呂場の方へ走って行った。


「フェリックスはどうしたのでしょうか?」

「ふふん、僕はなんとなく解ったよ」

「ほお私もなんとなくだけど予想はつきました。

 ルスランが良ければ答え合わせをしてみませんか?」

「うんいいよー」

「ではこほん。

 自分を待ってくれている人がいることが嬉しくて、思わず呟いたという感じで、どうでしょう」

「ええっまさかオレーシャさんが言い当てるなんて!」

「ずいぶんと馬鹿にされている様な気がしますが……

 これは前に女性隊員から聞いたことがあったんです。彼女は家に帰った時にペットが出迎えてくれると癒されると言ってましたよ」

「あーうん。やっぱりオレーシャさんはオレーシャさんだったよ」

 あれおかしいな。さっきより馬鹿にされている気がしますねけど?







 フェリックスが街道の巡回に出てから数日後、今日はフェリックスが休みの日だ。この日私は少々気になっていた事を確認する為に、フェリックスの部屋を訪ねた。


 先日に外に出た時、その服には返り血らしき汚れがあった。だからフェリックスは剣を抜いて戦ったのだと想像できる。

 無事に帰って来たからよかったという話だが……

 その後、フェリックスが装備を磨いている姿を見ていなかった。自らの命を預ける装備の手入れを怠るとは思えないからきっと家に帰る前に騎士団で終えて来たのだろうと思っていた。

 しかし翌日、彼が身に纏った鎧はとても磨いたとは思えなかった。

 『まさかな』と自問を繰り返して数日、ついに休日になったから彼の装備を点検する為にやってきたのだ。


「俺の装備が見たいって? そんな珍しいもんじゃないぞ」

 騎士爵を叙した時に賜る鎧を自分用にカスタマイズしただけ。きっと男女の違いはあれども私のモノとはそれほど違うまい。

 まずは鎧。

 磨きは甘いがまぁ……

 自分なら決して許さないが、自分が少々几帳面すぎる自覚はあるので、これはギリギリ良しとしておこう。

 ……いや。あとでお借りして代わりに磨きましょう。

 続いて剣。

 鞘から抜い……


「フェリックス。ちょっとそこに座りなさい!」

「お、おいなんだよ!?」

「ほら座る!」

 抵抗するフェリックスを私は無理やり座らせた。

「あーもう。これで良いか?」

「フェリックス。あなたは剣の手入れがなっていません! なんですかこれは!?」

 血の拭き取りが甘くて鞘の中で固まってしまっていて、ちょっと力を入れたくらいでは抜けないほどに酷い有様だった。

「あれっほんとだな。そっか暗かったから拭き残したんだな」

 私は無言で、そして利き腕で・・・・彼の額を掴んだ。幼いルスランは握力の落ちた左手にしたが、フェリックスは成人男性なのだから構うまい。

「い、いだだっいだ!! 割れる割れる!!」

「暗くて、見えなかったなら、どうして! 家に! 帰った! 時に! すぐ! やらないのですか!!」

「マジ、これマジだから! 割れるから!」

 私が手を離すとフェリックスはほぅとため息を吐いた。


「この剣は預かります。血のりが固まってますから鞘も開けなければなりません。しばらく掛かりますよ」

「磨いてくれるのは助かるんだが……

 それを持ってかれるとお飾りの俺でもさすがに困るんだよ。

 なあ明日までにいけるか?」

 一般兵士用に支給される十把一絡げの長剣ならばきっと騎士団に予備があるだろうが、それを団長が腰に下げていればどうしたのかと馬鹿げた噂も流れよう。

「この状態で明日までは無理ですよ。仕方ないですね。私の剣を貸しましょう。

 ただし! 手入れを怠ったら絶対に許しませんよ!?」

 脅しの意味を込めて、私は利き手を広げてフェリックスの顔の前でワキワキと動かした。

「も、もちろんだとも。ほら大体俺ってさ外に行かないじゃん。

 きっと抜かないって!」

「そんなのは自慢になりません!」

「まああれだ。いつも綺麗なオレーシャに磨いて貰えば剣も喜ぶよな」

「へっ!?」

 綺麗って、えっ? 私の事!?

「ああだってお前、毎日磨きたてのピカピカの装備してただろう」

 慣れてるんだよなと尋ねてくる。

 ああ焦ったそう言う意味か……

「そ、そうですよ。もちろんです。なんせ毎日磨いてましたからね!」

「剣を磨いて貰うお礼をしないとなー」

「居候の身ですからお気になさらずにどうぞ」

「そう言う訳にもいかんだろ。労働には対価を。うん? だったら装備には装備か。

 ちょっとすまんな」

「あ、はいどうぞ。では私は剣を磨いてきますね」

 フェリックスはスクッと立ち上がるとルスラ~ンと叫びながら部屋を出て行った。


 そして……

「行ってらっしゃい!」

 私とフェリックスは、なぜか笑顔のルスランに見送られて、一緒に町へ行くことになったらしい。

 これは一体?

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