06:休みの日

 上官であるフェリックスの勤怠状況を私が把握している訳はないが、指折り数えれば今日が休みの日だという事は想像出来た。

 その証拠に朝は特に手厳しいルスランが、いつもならばとっくに起こしているはずのフェリックスをまだ寝たままにさせている。


 朝のご飯の時間になってもフェリックスは起きてこない。

「よもや病気ではあるまいな?」

「大丈夫だよ」

 どうやら念のために見に行ってはみたらしい。寝ぼけ眼だったが着替えていくと言う返事は貰ったそうで、ならば居候としては家長を待たない訳には行くまい。

 私はじっと席に座ってフェリックスがやって来るのを待った。


 十分ほど経ち。

「さてと僕、もう一度起こしに行ってきますね」

 以前の私なら自分が行こうとでも言っただろう。しかしフェリックスの寝相の悪さを知った今ではその台詞を言うつもりは毛頭なかった。

 実は腹に膝蹴りをくれた翌日も起こしに行ったのだ。キャァと言う練習も重ねて、起こす前には身構えて慎重に接するつもりだったのに、腕を掴まれた瞬間に日頃の訓練の成果が発揮されて条件反射で殴りつけてしまった。

 朝から鼻血がピュ~と出て大慌て。シーツや枕を赤く染めて洗濯物も増えたから、もはや反復訓練の賜物だと笑っていられない。


 ルスランが消えて五分。少年は何の問題もなくフェリックスを連れて帰って来た。

「ふわぁぁぁ~おはよ~う」

「団長は朝が弱すぎるのではないでしょうか?」

「ううっすまん。事務仕事になってからはな……」

「良いですか? 朝が弱くて敵にやられでもしたらいい笑いものですよ。

 明日からはしゃんとしてくださいね」

「あーボロディン隊長?」

「団長、私はもう隊長では……っ

 ああ済みません私の方こそうっかりしていました。フェリックス、今後は私も気を付けます」

「いやそうじゃなくてな。

 貴女の気遣いは判るんだが、できれば家の中で思わず敬礼したくなる様な会話は止めてくれないかな。ぶっちゃけると、家の中で報告を聞いている気分になる」

「重ね重ね済みません」

 そう返事をすれば、「そう言う所がだ」とフェリックスから笑われた。



 予想通りフェリックスは今日は休日だそうだ。つまり私がここに来て、彼は初めての休日と言う事になる。

 と言っても団長ゆえにフェリックスの休日が人より少ないと言う訳ではなく、本当にたまたま無かっただけの事。そもそも騎士団は国が管理する組織なので、休日の数は役職に関わらず同じだ。

「ところでフェリックス。あなたは普段の休日は何をなさっているのですか?」

「寝てるな」

「それは何とも不健康な事ですね……」

「あはははっオレーシャさんもそう思いますよね!」

「ああそうだな。せめて体が鈍らないように、軽く汗を流す程度に体をほぐすくらいはすべきだろう」

「あーはいはい。お前が真面目なのは分かったよ。

 しかしなあ、本当にお前は休みの日までそんな事をしてたのか?」

 先ほどまで味方だったはずのルスランもそれはちょっと~と引いていた。

 やはり何かおかしかっただろうか?


「ええ自分が休日でも騎士団の訓練場は自由に使えますからね。

 でもほんの素振り程度ですよ。そんなにおかしいですか?」

「普通は休日に剣なんて振らないんだよ」

「ねぇねぇじゃあ訓練をした後はどうするの?」

「うんそうだな。晴れていれば近くの森へ行っていましたね」

「お前……、まさか巡回とか言わないだろうな?」

「いいえまさか。えっと、私は以前に馬が好きだとお伝えしましたよね。

 馬を走らせるのにちょうど良い距離がその森と言うだけです」

「なるほどな。じゃあ今日はみんなでそこに行ってみるとするか」

「しかし何もない森ですよ?」

 強いて言うなら綺麗な小川があるから、馬に水を与えて体を洗ってあげるくらいだ。

「まあいいだろう。それに休日に家でゴロゴロするのは不健康なんだろう?」

 そう言うとフェリックスはニヤッと笑った。

「うぅ~あまり苛めないでくださいよ、団長」

 職務中にはほとんど見ることのなかった、フェリックスのプライベートな一面を見て少し気恥ずかしさを覚えた。



 お昼に食べる予定だった品をルスランが籠に詰め始めた。さらに下に敷く敷物と、もし濡れた時の為の変えの服など。

 お出掛けがよほど嬉しいのか終始笑顔で、その動きは早い。そしてフェリックスも自室に籠って何やらごそごそやっている。

 そんなに期待されても何もないぞとはとても言えない雰囲気だ。

 馬に乗って行き小川で体を洗ってやり、濡れた服を乾かしがてら草の上にごろんと転がり帰ってくる。

 それだけの場所なのだが……

 しかしみんなで行けば何か違うかもしれないなと思い始めた。どれ私も何か持っていってみるかな?



 私の馬とフェリックスの馬。共に騎士の馬だから当然軍馬として訓練を受けているし、並みの馬よりも頑強で体も大きい。

 非常時は鎧を着て盾ものせて全力で走らせたりすることを思えば、今は鎧は着ていない事だし、ルスラン一人など大した重量ではないだろう。

「ルスランはどっちに乗りたい?」

「うーん。オレーシャさんの馬かな!」

「ほほぉルスランは中々見る目があるじゃないか。フフフッ」

 選ばれて誇らしく思っていると、

「だってアヴデエフさんの馬は何回か乗った事があるからね」

 ああなるほどそう言う理由だったか……

 フェリックスは私の落胆に気付いたらしく、くつくつと嗤っていた。


 馬を駆けさせると三十分も経たずに着くのだが、今日はルスランを乗せているので適度な速度を保って走らせていた。

 それでも一時間も掛からずに森の側まで辿り着いていた。ここからぐるりと、左周りに森を迂回する。半分も回らないほどで森から流れ出る綺麗な小川が見えてくる。


「ほお中々良い所じゃないか」

「うわぁ面白そう!」

「フフフッそれは良かった」

 私は先んじてひょいと馬を降りると、ルスランに手を貸して馬から降ろしてやった。

 そして鞍などを外して馬を丸裸にすると、お尻をぺしっと叩いてやる。これが合図で私の馬はヒヒンと一声嘶きし小川の中へ入って行った。

「随分と慣れているんだな」

「何度も来ていますからね。では私は馬を洗ってきます」

 ルスランにも手伝って貰い、二頭の馬を綺麗に洗ってやった。洗い終わった馬たちは手綱も無しに思い思いに草をはみ始める。

「逃げちゃわない?」

「私の馬も団長の馬も軍馬だから大丈夫だよ」

 慣れた馬は呼べば来る、普通の馬以上によく訓練された軍馬がその程度出来ない訳がない。



 さて、と私は視線を彷徨わせる。

 少し先、小川の上流の方にフェリックスを発見した。小川に竿を垂らしているので、どうやら魚を釣っている様だ。

 ごそごそと何を準備しているかと思えば釣竿だったらしい。

 ならばと私は籠を持って森に入っていく。


 傷や腹痛に効く薬草は判りやすい。キノコは危ないので知っている物だけを採る。そして見知った葉っぱを見つけたら、そこを木のスコップで掘ってやれば芋が出てくる。

「うわぁ凄い! この芋は市場で買うと高いんだよ」

「それは良かった」

「オレーシャさん、あのキノコは食べられるかな」

「あれは似たようなキノコがあってどちらかが毒キノコなんです。

 間違うと大変だから触ってはいけないと聞いています」

 かさの裏が黒だと毒だったか?

 野外活動の時に先輩兵士からかゆみが止まらず大変だったよと伝え聞いた笑い話。それは私が実際に経験したことではない。

 そんな笑い話と共に、先輩からはキノコは判る奴だけ採るんだよと口を酸っぱくして言われた。だから私は間違うと不味い奴は手を出さないことに決めている。

 ほんの一時間ほどで籠一杯の芋とキノコが採れた。

 市場で買えば相当な額だそうで節約できた~とルスランは嬉しそうに笑った。


 籠を森の入口に置いて来て今度はクロスボウを持って森の中へ入る。

 鎧さえもぶち抜くクロスボウの矢は、高価であること、そして威力が高く獲物を貫通してしまう事を思えば、とても狩猟向きとは言い難い。

 しかし私は弓が得意ではないので仕方がない。


 兎を見つけてクロスボウの引き金を引いた。

 ドンッと音が聞こえて見事に兎を貫いたのだが、兎はお腹に小さな貫通穴を空けたまま走り去ってしまった。

 トドメをさすことなく逃がしてしまった。逆に可哀そうな事をしたか……

 その後、数十発撃ってやっと兎が一匹獲れた。矢の代金を考えれば赤字だろう。


 ちなみに兎を獲って戻るとフェリックスに叱られた。

「クロスボウで狩りをする奴があるか!」

「大丈夫です。駄目だと解ったからもうしません」

「当たり前だ大ばか者!」

 やはり戦に使う様な武器を持ち出したのは失敗だったようだ。


 たき火を熾してやると、ルスランはフェリックスが釣った魚と私が獲ったキノコや芋などを使って少々遅い昼食を作ってくれた。血抜きが必要な兎はまた今度だ。

 皆で外で食べるご飯は実に美味かった。

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