閑話休題:とある騎士団の日常
騎士団の兵舎にある大食堂。
昼飯どきともなれば、男女問わず騎士そして兵士らで賑わっていた。
普段は飯をかっ喰らい、残りの休憩時間は寝て過ごすのが当たり前なのだが、今日は少々様相が違っていた。
壁端の一角、そこに青と白の騎士団員らがわらわらと集まっていた。
話の中心にいるのは青騎士団の兵士数人と白騎士団の兵士数人だ。テーブルに座った彼らを囲むようにさらに青と白の陣営が生まれていた。
「おいそれは本当の話なのか!!」
テーブルに座った一人の白騎士団の兵士が同じく向かいに座る青騎士団の兵士に食って掛かった。
「だーかーら。ほんとだってさっきから言ってんだろ?」
「見間違えと言う事があるだろう! あの鉄面皮と言われたボロディン隊長だぞ!」
「俺も見たぜ~、一〇歳くらいの子を連れてさ。市場でニコニコ笑いながら買い物してたぞ」
「あの隊長さん笑うと可愛いのに勿体ないってずっと思ってたけどよ。少年に笑い掛ける顔はマジ可愛かったよな~」
「羨ましい……」
「俺たちの隊長が、まさか……」
「おいおい現実を受け止めろって」
「でも俺、隊長の笑顔見たことあるかも」
「マジか!?」
「野盗の腕を落とした後にニヤァと……」
「それは笑顔違いだ! 怖ぇよ!!」
「いやすまんそりゃ冗談だ。
こっちがほんとで、街道で旅人を救った時にさ、泣いてる子にもう大丈夫だってぎこちない笑顔見せてたんだよ」
「うわっそれはレアだな!」
「だろう!?」
「そうそう! あのぎこちなさが逆に良いんだよ!
それがニコニコだと? 畜生なんで相手が俺じゃねえんだよ!!」
「ばーかお前なんか相手にされる訳ねーだろ!」
「相手と言えば……」
「なんだ、お前なんか知ってんのか?」
「おっと。悪いがこれ以上は言えねえなぁ~」
「なんでだよ!」
「知りたいなら酒を奢って貰おうか。それで手を打ってやる」
「ふざけんなてめぇ!」
「おい殴り合いは止めろ! ところでお前、訓練の時に俺に借りあったよな?
その情報俺にだけこそっと教えろや」
「ちっしゃーねーな。耳貸せよ」
……。
……。
「ハァ!? マジかそれ」
「ああ本人が言ってたからマジだ」
「なぁ酒は一杯でいいのか?」
「おいまてそれじゃ埒が明かねえだろ、全員銅貨一枚出せ。ほれ」
一人の兵士が被っていたヘルメットを裏返してその中に銅貨を回収していく。そしてジャラジャラと音が鳴るそれを先ほどの兵士の前に置いた。
「ほらよこれでいいだろ、さっさと教えろや」
「へへっまいど。じゃあ教えてやんよ。
実はな、ボロディン隊長が連れてるあの子供、どうやらお前らんとこのアヴデエフ団長の養い子なんだってさ」
「は?」
「アヴデエフ団長!? おいおいボロディン隊長とどういう関係だよ」
「つまり永久就職ってやつか?」
「俺さ、ボロディン隊長に憧れてたんだよな……」
「馬鹿やろう俺もだぜ」
「ボロディン隊長っつったら実戦派だろうが! それがなんであんな机にしがみついてる軟弱筆頭ヤロウにとられんだよ」
なおその日。アヴデエフ団長の職務は、深夜まで掛かったそうだ。
何故なら、その日に限って休暇申請やら備品の要望書などがまとめて来たそうで、なんと普段の五倍以上の量があったらしいとか?
※
青白赤の団長は月に一度ある部隊間報告の為に必ず集まって顔を合わせていた。
この時ばかりは赤騎士団の団長も、砦を副団長に任せて町へ戻ってくるし、報告会議にはすっかりお飾りになっている大団長だって参加する。
なお大団長は上級貴族から任じられていて実戦経験どころか、兵の訓練さえも受けていないというお飾りっぷりだ。
三つの騎士団からの個別報告が終わり、すっかり飽きていた大団長が「じゃあ今月は終わりだね」と言ってさっさと退出した。
俺も出ていくかとフェリックスが腰を上げようとしたところに、
「おい待てフェリックス」
「なんだエドゥアルド」
青騎士団団長、エドゥアルド=ヤコヴレワが声を掛けてきた。
共に町に居る白と青の団長は、年齢が近い事もありお互い名で呼び合うほど親しい。
「最近町の中が物騒で困っているんだが?」
「おい。それをなんで白騎士団の俺に言う。町中はお前たち青騎士団の役割だろーが」
「アヴデエフの言う通りぞ。
町中の治安はヤコヴレワ、お主たち青騎士団の役割であろう」
赤騎士団の団長は年配で二人の職歴を足しても二歩も三歩も足りないというほどの大先輩だ。騎士団は縦社会、ゆえに当然の様に二人を呼び捨てにした。
「ですがねベロワ赤団長。
その物騒な理由がこいつの嫁だとすると話は変わってきませんかね?」
「ほおアヴデエフの小僧はいつの間に結婚したのだ。儂は聞いておらんぞ」
「それはそうでしょう。俺は結婚なんてしてませんからね」
「おやや~そんな口を聞いていいのか?」
ふっふと意地悪そうにエドゥアルドが笑った。
「なんだよ?」
「いーか。うちの部下から、とある女性がお前のとこの養い子と歩いてたって話が上がってんだよ。結婚してないって言うなら、彼女とお前がどういう関係なのかここできっちり教えて貰おうじゃねえか」
「彼女は行き先が無かったから仕方なく住まわせているだけだ」
「おい焦らすでない、儂は町中の事に疎いのだ、さっさと名前を伏せずに話せよ」
「おっとこれは失礼しました。
その彼女とは、ついこの間退役したばかりの騎士ボロディンですよ」
「おおっ知っておるぞ。クスリとも笑わず、いつもむすっとしとる鉄面皮と噂の美人さんだの。ほうほう怪我をした部下の心につけ込んでな。
ふむふむアヴデエフよ、お主悪じゃのぉ~」
「ですから~俺とオレーシャはそんな関係ではないです!」
「おーっとついに名前呼びか~。いやあ惚気るねぇ」
「あっいや。ボロディン元隊長とはそうじゃない!」
「あーはいはい。んで話は戻るんだけどよ。
お前の奥さんさ、町中で長剣帯びてんだよ。あれ止めさせてくんない?」
奥さんじゃないと否定しても、またからかわれるだけだとフェリックスはぐっと言葉を飲み込んだ。
「分かったちゃんと伝えておく」
言い捨てるや、フェリックスはがたっと席を鳴らして立ち上がった。
ドアを開けた所で、
「あー。あとなぁ」
「チッ今度はなんだよ」
「結婚式には呼んでくれよなー」
「誰が呼ぶか!!」
「おい若造、儂も呼べよ」
流石に大先輩には何も言えず、フェリックスは無言のままドアを閉めて戦術的撤退を決め込んだのだった。
「今帰ったぞ」
「お帰りなさい!」
「お疲れ様です団長」
「あーと。オレーシャ?」
「ああっ済みません。
お帰りなさいフェリックス」
「いやそうではなく。そのぉ、これを君に買って来た」
フェリックスが差し出したのは、刃渡り五〇センチほどのショートソードだ。
「町中で大きな剣は使い難かろうと思ってな、良かったら使って欲しい」
「これを私に?
わぁありがとうございます団長!」
オレーシャはとても嬉しそうにその剣を抱いて微笑んだ。笑顔の不意打ちにフェリックスは気恥ずかしくなり視線をツィと反らす。
それを傍から見ていたルスランは……
どうせ贈るなら剣じゃはなくて、まだ持っていないスカートの方ではないかな~とすっかり呆れていた。
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