05:新しい生活②
朝食を食べ終えるとフェリックスは騎士団の服に着替えて家を出て行った。
その背中を見送りながら、先日まで同じ服を着ていたから少しだけ名残惜しい気分を味わった。
家に残ったのはルスランと私。
「ルスランはこれから何をするのだろうか?」
「まずは食べ終わった食器を洗って、畑をもう一度見に行ってから洗濯、それが終わったら掃除をするよ」
「了解した、では私にも指示をお願いします」
クスクスと笑われた。
「何か可笑しかっただろうか」
「いやオレーシャさんの方が年上なのにまったく気にしないんだもん」
「新任の私には判らない事ばかりです。ならば上官に指示を仰ぐのは当然でしょう?」
兵舎でやっていた、掃除や洗濯などは問題なくこなした。しかし畑仕事は初体験だ。こればっかりは見聞きして覚えるしかない。
「ええ僕が上官!?」
「ああ。この家の中の家事はルスランが上官で間違いないです」
「あはははっオレーシャさんって面白ーい」
私はそうかな? と首を傾げた。ずっと縦社会で生きてきたから、これが普通だと思っていたが……
もしやこういう所がダメだと団長は思われたのだろうか?
朝早く起きたから午前中の早い段階で掃除まで終える事が出来た。
「掃除まで終わりました。次は何をしましょう?」
「次は買い物だよ」
「つまり町に出るのですね。分かりました準備してきます」
私はあてがわれた部屋に戻ってしばし思案した。
町中に行くのに鎧は不要だろう。
盾は流石に大袈裟か?
邪魔にならない腕に着けれる小型のバックラーの様な盾があれば良かったが、生憎カイトシールドしか持ち合わせがない。
ふむ剣だけにするか。
私は腰に剣を吊るす用のベルトを着けて剣を帯びた。これは騎士になった時に貯めていた給金の殆どをえいやとはたいて買った剣だ。
手入れを怠った事は一度もないが、念のために鞘から剣を抜いた。
シャンッと小気味良い音が鳴り響いた。鞘から抜かれた鈍銀の刀身が薄暗い部屋の中でぼんやりとした光を見せていた。
刃の状態は相変わらず良い。私は満足して鞘に仕舞った。
「待たせましたか?」
「ううん全然って、あれ?」
「どうかしただろうか?」
「お出掛け様に着替えてくるのだと思ってたんだけど、変わってないよね」
「いいや、ちゃんと剣を持ってきましたよ」
「ええっ!? それっ持ってくんですか?」
「ええ勿論。他の騎士団の報告書もちゃんと読んでましたからね。町中にはスリが多いそうだから念のために持っていきます」
「あのぉそう言う時は衛兵さんを呼べばいいんじゃないかなぁ~と思いませんか?」
「いいえその時に青騎士団が近くに居ないかもしれません。それに騎士団の数は有限です。自らで身が護れるのならば彼らに頼らず自分で解決すべきでしょう」
「そっか……」
歯に何か詰まった様な言い草。しかしルスランはそれ以上何かを言うつもりは無いようで、ニパッと笑うと「行こうか」と明るく声を掛けてきた。
私もルスランの言わんとすることは理解しているつもりだ。
本来ならば町の治安を護るのは青騎士団の役目で、市民に戻った自分が剣を帯びる必要はない。
しかし青騎士団はな……と、昔の事を思い出して形の良い眉を顰めた。
白騎士団の活動の場は主に街道だ。しかし巡回を終えれば町に戻って来るし、町外れにある兵舎だって使う。門の出入り、そして兵舎や訓練場など、町を護る青騎士団とは何かと交流があった。
その都度に感じた青騎士団の印象は、軽薄、軟派、そして甘っちょろいだった。三つの騎士団の中で最も死が遠い騎士団だからこその空気。
そんな彼らを呼ぶくらいなら自分で解決する方が早い。
町の中心部にある市場に向かってルスランと二人で歩いていた。
前方の通りから二人の兵が現れた。ベルトやブーツなどの支給品の色は青。
青騎士団だ。
二人は私を見つけると互いに目配せをして足早に歩み寄って来た。声を掛けてきたのは若い方の男。
「あー急いでるところ悪いんだけど、あんたその剣は?」
「お役目ご苦労様です。これは護身用の剣です」
「旅行者じゃないよな。だったら悪いんだけどここは町中なんだよね~
だからあんまり長い剣は持たないで欲しいんですけどね」
「ん? ちょっと待て。
失礼。もしや貴女は白騎士団のボロディン隊長ではないですか?」
「ええ確かにそうです。ただ私はすでに退役した身だから隊長ではありません」
最初に話しかけてきた若い方の男もあぁと思い出したように合点している。
「そうですか退役されたのですか、残念です。
えーと、今日はご姉弟でお買い物ですか?」
「いいえルスランは私の弟ではありません」
「えっ? じゃあ旦那っすか!?」
「貴方はいったい何を言っているのですか……
この子はアヴデエフ団長の養い子ですよ」
「ええっ!? 隊長が白騎士団の団長んとこの子となんで一緒に居るんですか?」
「あのオレーシャさんっ」
「ん、どうしたルスラン?」
「そろそろ……」
「ああ悪かった。
すまないが今は買い物の途中なのです。雑談ならば遠慮してよいですか?」
「え、ええもちろんですお気をつけて~」
二人の兵士に見送られながら、私とルスランは市場への道を再び歩き出した。
「あの~さっきのって言っても良かったんですか?」
「良かったとはどういう事だろうか」
「う~ん……」
しかしルスランは言葉を濁した。
ルスランはとても利発なのだが、時折こういう事があるな。もしやこれが思春期と言う奴だろうか?
ルスランはフェリックスから小さな財布を預けられているそうだ。
一週間に一度財布に食費が補充されるそうで、余った分は自分のお小遣いにして良いと言われているらしい。
お金の計算と節約を覚えさせる目的だろうか?
フェリックスは案外良い父親になりそうだなとぼんやりと思った。
「ん、余らせる?」
「どうかしました?」
「私が増えた分、食材が余計に必要なのではないですか?」
「そうなりますね」
「しかしルスランはその分のお金は貰っていないのでしょう」
「そうだけど……」
「ならば私も出します」
「ごめんなさい受け取れません。お金の話になったら決して受け取らないようにと、アヴデエフさんにきつく言われてるんです」
「そうなんですね。ふむ……、しかしルスランは正直者ですね」
「どうしてですか?」
「それを私に言わずにこっそり受け取って置けばお小遣いに出来たでしょう」
「確かにそうだけど。でもそんなことして手に入れたお金で買った物は、きっと美味しくないよ」
「そうですね。これは私が悪かったようです、謝罪します」
「ふふふっオレーシャさんは面白いね」
「自覚は無いのだけど、どうやらそうらしいですね……」
その後、ルスランから笑われたのだが、なぜか気分はそれほど悪くなかった。
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