第16話 族長との対面

 エルフの大森林に足を踏み入れたシオンは、スーティアに案内されて一つの大きな建物に入った。


 煌びやかさはまるでなく、全て木造なので落ち着いた雰囲気だ。シオンとしても自然的な方が好きなので丁度いい。


 スタスタと歩いていくスーティアの後ろを付いて行き、今度は建物の中にある一室に案内された。見た感じ……客室のようなものだろうか。


「シオン。ちょっと待っててほしいのじゃ」


「別にいいけど……これから何するの?」


「お主は色々と聞きたいのじゃろ? 儂の曾祖母様を呼んでくるのじゃ」


「ああ、なるほどね。じゃあよろしく」


「うむ!」


 元気よく返事をしてスーティアは駆けて行った。シオンはその背を見送ると、部屋を見渡して観察し始める。


 全体的に木造で統一されていて、外観同様緩い空気が流れている。窓はガラスが使われているので、ガラスを製造する場所と材料があるのだろう。


 木製の椅子に丸テーブル、清潔そうなベッド。エルフの大森林は鎖国状態のはずだが、客室があるということは尋ねてくる人がいるのだろうか。


 ベッドに使われているマットレスやシーツもそうだ。全てエルフの大森林の中で作られているのならば問題ない。しかし違うのであれば、何らかの手段で仕入れているということ他ならなかった。


 当たり前だが、最近は種族差別というのがほとんどない。だから、エルフの大森林のエルフが外に出ても何もないのだ。


 だが、スーティアから聞いたエルフの大森林の存在意義と、かつてのエルフ差別を考慮すると、鎖国状態になるのも納得である。


 おそらくこの大森林には、ヒト族に対する禍根が未だに渦巻いている。スーティアを迎えに来たエルフたちが最たる例だ。


 態度を百八十度変えたのは、俺が彼らの待ち望む救世主だったからに違いない。でなかったら、一瞬で門前払いだっただろう。


「ふぅ……いよいよか……」


 誰もいない部屋でシオンは呟く。


 その呟きには、不安と期待と決意がごちゃごちゃに入り交じっていた。


 手癖で左耳のイヤリングに触れて考える。


 転生の目的を思い出すまでは、ただ単にこの世界を楽しんでいた。初めの頃こそは前世に未練を感じていたが、三年も経つ頃にはすっかりこの世界に順応していた。


 理由はいろいろあるが、おそらくはフォードレイン辺境伯家という家に産まれ、家族に恵まれ、魔術の素質に恵まれたからだろう。


 更に、魔術という前世含めた人生の中で、初めて夢中になれるものを見つけた。未だにあの感動と衝撃は覚えている。多分、生涯に渡ってシオンが忘れることは無い。


 後は……シルフィーネと出会ったことだ。彼女との出会いはシオンにとって今後の人生を左右されるほどに重要なものだった。ベクトルは違うが、魔術との出会いと同じレベルだ。


 切っ掛けはシオンが触れているイヤリングだった。あの時の不安そうな顔と安心して泣き出した顔はシオンの脳裏に焼き付いている。


 いわばこのイヤリングは思い出の品なのだ。


「会いたいなぁ……」


 言葉が零れてシオンは手で口を押えた。零れた言葉を脳内で反芻する。自分は何を言ったのだと。


 完全に無意識で何も考えていなかった。ただ漠然と今までの出来事を思い出していたら、自然と言葉が零れたのだ。


 無意識で零れたということは、シオンの心の底に眠っている心情である。今まで意識していなかった自分の心情が、この零れた言葉によってあらわになったのだ。


 シオンはシルフィーネの事を考えて――。


「シオン!」


 声と共に扉が開いた。


「曾祖母様のところに行くのじゃ!」


 スーティアが部屋にずかずか入ってくる。シオンは確かめていた気持ちを一旦おいといて、椅子から立ち上がった。


「了解。スーティアの曾祖母様はどんな人なの?」


「うーむ……優しい人じゃが、厳しい人じゃな。儂の魔術の師匠でもあるぞ!」


「へぇ……師匠か。会うのが楽しみだな」


 スーティアの魔術の師匠と聞いてシオンは心を僅かに躍らせる。どのくらいの実力なのか分からないが、少なくとも三百年以上は生きているはずなので楽しみだった。




***




 建物の中を少し歩き、スーティアは一つの扉の前で立ち止まった。


「曾祖母様、連れてきました」


 いつもとは打って変わった口調にシオンは驚く。当初のスーティアの印象は、ラノベでよく見るのじゃロリだった。しかし、今の口調は普通だ。


 今までの口調が素なのか、この普通の口調が素なのか。シオンがスーティアの頭頂部を見ながら考えていると、扉の向こう側から人の気配がした。


「入りなさい」


 落ち着いた女性の声が聞こえる。


「失礼します」


 スーティアは先程と同じ畏まった口調で一言断ってから扉を開ける。木造の扉にありがちな軋む音はしない。シオンはスーティアに続いて部屋に足を踏み入れた。


 部屋に入ると否やシオンは眉をピクリと動かす。少し前までいた客室とは雰囲気がまるで違うのだ。


 シオンは眉を動かした以外の反応はせず、こちらを見ている人物に向き合った。


 少し色褪せた銀髪にエルフ特有の長耳。見た目は五十から六十歳。弱弱しさはまるでなく、老練さが感じられた。


 シオンの蒼目と彼女の碧目がぶつかる。


「……」


「……」


 傍にいるスーティアは蚊帳の外で、居心地の悪さを感じていた。早く何か喋ってくれないだろうか。そのような言葉が顔に浮かんでいる。


 何秒経過しただろうか。部屋を満たす空気がフッと軽くなった。


「初めまして。シオン・フォードレインです」


「ふふっ……こちらこそ初めまして。イリシア・フールスカイです」


 挨拶を交わす。


「では始めましょうかね」


「はい。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げてシオンは椅子に座る。その様子をスーティアは目を白黒させながら眺めて――。


「いや、急すぎるのじゃが!?」


 叫んだ。






――――――――――――――


更新遅れて申し訳ないです。


最近、ファンタジー小説大賞に出す新作を書いておりまして……。

今月と来月は毎日更新が難しくなります。

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