第15話 踏み入るはエルフの大森林
次の日、鳥の囀りの音でシオンは目を覚ました。少し離れたところには、スーティアが眠っている。
欠伸を一つしてシオンは体を起こす。髪が長かった頃の癖で髪を結ぼうとするが、今は短いのだと気づく。しばらくこの癖は治らないだろう。
「ふぅ……」
シオンは水を飲んで口を潤す。森の中なのでかなり涼しく、葉には朝露が光っている。気持ちがいい空間だ。
そういえば……朝に来るとエルフの男が言っていたなとシオンは思い出しす。いつ頃来るのだろうかと考えていると、スーティアの体が動いた。
むくりと体を起こし、顔を上げる。まだ寝ぼけているのか、目が虚ろで口が半分開いていた。お姫様らしかぬ姿だ。
「スーティア。おはよう」
クスリと笑いながらシオンは声を掛ける。しばらくスーティアはボーっとしていたが、唐突に目を見開いた。
まず空気の寒さに身震いし、辺りをキョロキョロ見渡す。そしてシオンの姿を見つけるや否や、少し驚いて後ろに転びそうになった。
「そ、そういえばシオンがいるのじゃったな……」
スーティアは独りでに頷いて乱れた髪と服を急いで整える。外見はともかく実年齢はそこそこなので、もう立派なレディーだ。
シオンからしてみたら子供なので何も気にならない。というか他人の姿なんて結構どうでもいい。だが、スーティアは違うようだった。
「……シオン。何か文句あるのか?」
「別に? さっきの姿はお姫様らしくないなって思っただけだよ。文句なんて滅相もない」
「――――っ! そう言うことじゃなくて……もうっ! 見かけによらず意地悪じゃなシオンは……」
「ありがとう」
「褒めてないわっ!」
にこやかに皮肉を言うシオンに、スーティアは手足をバタバタさせる。感情を外に出そうにも出来ないようだ。
というのも、スーティアはお姫様で今までずっと周囲の人から敬われていた。だから、このような軽薄な扱いを受けたことが無かったのだろう。
スーティアは言葉にできないもどかしさを覚えると共に、何故か嬉しさがジワリと滲み出た事に気づいた。
「いつ頃に来るんだろうね」
魔術の水で様々なものを作って遊びながらシオンは呟く。その声はただの独り言にも聞こえるし、スーティアへの質問にも聞こえた。
スーティアは少しの間、見事な魔術操作をしているシオンをジト目で睨む。そして、小さく息を吐きながら小さな口を開いた。
「多分じゃが……そろそろ来るぞ」
「ふーん。だといいけど」
興味無さそうなシオンにスーティアは不満を持つ。人がせっかく答えてやったのにその態度は何だと。シオンはそんなスーティアを横目で見る。膨らませている頬を突いたら柔らかそうだと思った。
まあ大して親しくない相手にそんなことはしない。というか親しくても人の頬を突くことはしないだろう。ただ、一人を除いて。
その一人というのはもちろんシルフィーネだ。おそらくだが、シオンは彼女が頬を膨らませていたら突くはずだ。
何とも言えないシオンとシルフィーネの関係。だが、シオンは最近、自分のシルフィーネに対する気持ちを理解し始めていた。
「――――お」
「む、来たか」
微かに足音が聞こえる。スーティアは長い耳をピクリと動かし、シオンは近づいてくる魔力を感じ取っていた。
数は……十二。
昨夜と同じ人数だ。
「救世主様、姫様。遅くなって申し訳ありません。お迎えに上がりました」
シオンとスーティアの前に姿を現したかと思ったら、彼らは一斉に膝を突いて先頭の男が挨拶した。
非常に堅苦しい。前世が一般人だったシオンにとって、彼ら十二人の態度は凄く居心地が悪くなるものだった。
対して、スーティアは生まれた頃からこのような扱いを受けているからか、表情を変えることなく至極当たり前の様子だ。
普段は姿相応の幼さを持っているが、時と場合によってはシオンを凌ぐ厳かな雰囲気を出す。流石は推定年齢五十歳以上のエルフの姫様だ。
「うむ。ご苦労」
スーティアは真面目な顔をして労いの言葉をかける。シオンは感心しつつ、重さが残る腰を上げた。
「これからエルフの大森林に案内してくれるということですか?」
「はい。ご案内させていただきます」
「じゃあよろしくお願いします」
シオンは軽く頭を下げる。もうこの世界に転生してから十六年以上経過するが、どうやらまだ日本人の感覚が抜けないらしい。
「救世主様。我々に頭を下げることは不要です。敬語を使うのもお止めください。周りの者どもから救世主様が軽く見られてしまいます」
注意されてしまった。ただ、理論整然とした注意だ。確かにエルフの大森林でのシオンの立場を考えれば、変にへりくだってはいけない。これは今後とも気を付けないといけないなとシオンは思った。
「そうじゃぞシオン。お主は堂々としなければならん」
スーティアも腕を組んでシオンを見上げながら言う。見た目が十歳の少女に諭されるというちょっとアレな絵面だが、シオンは別に気にしていない。
「うん。わかった」
別におかしいことを言ってないのだ。
シオンは素直に聞き入れた。
***
歩くこと一時間以上。
シオンを先導していた十二人のエルフは森の一か所で立ち止まった。
何だろうとシオンが思っていると、先頭の男がブツブツと何かを唱える。すると、正面の何もない空間に裂け目が発生した。
(おー……凄いな……)
僅かに目を丸くさせながらシオンは感嘆する。どのような仕組みなのか欠片も分からないが、これがエルフの大森林を守ってきたのだろう。独りでに頷きながら、シオンは十二人のエルフとスーティアに続いて裂け目の中に入った。
裂け目の中は暗い洞窟の中だ。壁面には一定間隔で魔道具の灯りが設置されている。なんだか不気味な通路だなとシオンは思った。
洞窟特有のひんやりとした空気を肌に触れさせながら歩く。やがて先に光が見えて、遂に洞窟から抜け出した。
「おお……」
シオンの口から声が零れる。
葉や枝の間から差し込む光。
より澄んでいる空気。
一段と高い魔力濃度。
自然と調和する形の住居。
遊んでいるエルフの子供……。
「どうじゃ。すごいじゃろ?」
スーティアは得意気そうな顔をシオンに向ける。他の十二人のエルフも心なしか得意気そうだった。
だが……確かに凄い。
何というか、落ち着くのだ。
「うん。凄いね。驚いたよ」
シオンの言葉はありきたりなものだ。
「ふふんっ」
しかし、スーティアは満足そうだった。
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