第7話 初めての冒険者活動

 宿の屋根上でグスタフと対話をした次の日。


 シオンは近場の森を駆けていた。


「えーっと……次はこれか……」


 束になった依頼書をめくって依頼を確認する。次の依頼はホーンラビットの角の納品であり、その数は四つだ。


 ホーンラビットは名前の通り額に一本の角が付いている兎である。シオンからしてみれば相手にすらならない雑魚の魔物だが、今はFランク冒険者なので仕方がない。


 Eランクに昇格するためには十のFランクの依頼を完遂する必要がある。シオンが手に持っている依頼の束も十枚。シオンは今日でEランクに昇格しようとしていた。


「いた……『風刃』」


 五体のホーンラビットを発見して、シオンは何千回も唱えたであろう魔術を発動する。相手はホーンラビットなので体が小さい。なので、発動する風刃も小さくして速度を上げた。


 シオンの周囲から飛んで行った五本の刃は、全てのホーンラビットを切り裂く。無事に一度の魔術行使でホーンラビットの角の依頼は完了した。


 とはいえ、殺して終わりではなくて解体もする必要がある。シオンは慣れた手つきで次々と五体のホーンラビットを解体していった。


「よし、これで終わりっと」


 水魔術で洗い流しながらシオンは一息つく。ここ数年はずっと学園生活だったので魔物を解体するのが久しぶりだった。


 豪華な学園で学ぶのも良いが、静かな森で魔物を狩るのも楽しい。更に少し前までは帝国と戦争をしていたので、地に塗れた心身を浄化してくれるように感じた。


「依頼はあと三つ……今は昼を過ぎたくらいか」


 天に昇っている恒星を見てシオンは時刻を把握する。長年愛用していた時計型の魔道具は壊れてしまったので、時刻を知る手段が恒星の位置を見ることしかない。


 かなり不便になってしまったなと思っていると、シオンの腹が鳴った。昼過ぎの時間帯なので普通に腹が減ったのだろう。


「んー……丁度いいから食べよ」


 ホーンラビットの肉を手にしてシオンは呟く。


 依頼で提出が必要なのは角だけだ。他の素材も冒険者ギルドで売ることが出来るのだが、肉の少しくらいは腹に収めても良いだろう。


 シオンは土魔術で丁度いい棒を作り出し、肉に刺していく。続いて無魔術で宙に浮かして、火魔術で肉の下に炎を発生させた。


 普通は焚火などをして焼くものだが、魔術に優れたシオンにとっては魔術で代用する方が効率良い。しかし、本音を言ってしまえば、ただただ面倒なだけでもあった。


 宙に棒が刺さった肉が漂い、真下に焚火のような炎が浮いている。傍から見れば何とも奇妙で奇怪な光景だろう。また、よく見れば肉が回転していた。


 もちろんその回転はシオンによるものだ。なぜなら、肉を同じ位置に留まらせてしまうと全体的に焼けないからである。


「ふぁぁ……」


 シオンは大口を開けて欠伸をした。


 昨夜は遅くまでグスタフと話していたので、少し寝不足になっているのだろう。それか、静かな森で肉を焼いているという気が抜けた状況だからかもしれない。


 帝国との戦争では常に気が抜けなかったので、いずれにせよ気が抜けるということは良いことだ。


「お、焼けたかな」


 ボーっとしているといつの間にか肉から肉汁が滴り落ちていた。かなり焼いたことだしもう十分だろうと思ってシオンは炎を消す。


 そして真っ二つに切り裂いて仲が赤くないか確認した。


「うん。大丈夫そうだ」


 中までいい塩梅に焼けている。

 これならば大丈夫だろう。


 熱気を感じながらシオンは齧り付いた。


「美味い美味い」


 塩などの調味料がかかっていないので少し物足りないが、空腹である今ならば十分に美味しく感じられる。


 あっという間に食べ終わり、シオンの空腹感が満たされた。空腹が最高のスパイスという言葉は真実みたいだ。


「さて……残りの依頼も片付けるか」


 シオンはペラペラと依頼をめくりながら確認していく。どれも簡単な依頼ばかりで、夕方になる前には終わるだろう。


 この依頼全てで大銀貨四枚。心もとない金額だが、切り詰めれば五日程度ぐらい生き抜くことが出来る。無一文の状態と比べると遥かにましだ。


 近々の目標はDランクに昇格して貯金を作り、前世で言われた通りエルフの大森林を探し出して訪ねることである。


 帰還するだけなら魔術で空を飛べばいいので対して時間がかからない。しかし、シオンにはやるべき使命があった。




***




 十個の依頼全てを終え、シオンは冒険者ギルドで報告をしていた。


「はい、全ての依頼を確認しました!こちらが報酬になります!それで……十個の依頼を完遂しましたので、Eランクに昇格ですね!冒険者証を新しくしますので少々お待ちください!」


 元気よくパタパタと受付嬢は奥へ駆けていく。先程の声が意外にも大きかったので、他の冒険者がチラチラとシオンを見ていた。


 もちろんシオンは気づいているが、反応することはしない。冒険者としての身分はいずれ使わないので、路地裏の誓い以外の冒険者と関わる気はさらさらなかった。


「お待たせしました!こちらがEランクの冒険者証です!」


「ありがとうございます」


 シオンは受付嬢からネックレス型の冒険者証を受け取り、適当に首にかける。そして、周囲の視線や小声に目もくれず、冒険者ギルドを後にした。



「ふぅ……」


 魔道具の街灯が暗くなった街を照らす中、シオンは大通りを歩いていた。


 昼間ほどじゃないがそこそこ人通りが激しい。生暖かい空気が頬を撫で、様々な音が耳に入る。ふと空を見上げると星が輝いていた。


 ガラではないのは自覚しているが、何故か郷愁の念が湧いてくる。自分はそのような人間だっただろうかと首を傾げるが分からない。


 ただ……、早くシルフィーネの顔を見たいと思ったのは確かだった。

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