第8話 七日目

 現在シオンが滞在している街、スターウィルからアルカデア王国までの直線距離はおよそ一六〇〇キロから二〇〇〇キロぐらい。昔に見た地図の記憶なので正確さには欠けるが、だいたい前述の通りの距離がある。


 仮にシオンが空を飛んで帰還することを選択した場合、何事も無ければ五日でアルカデア王国に着くだろう。しかし、あえてシオンはその選択を取らなかった。


 なぜなら、グスタフ筆頭の路地裏の誓いから妙な話を聞いたからだ。『この辺りには伝説であるエルフの大森林がどこかに存在する』と。


 何ともまあどこかで聞いた話である。本当かどうかまだ分からないが、転移した先に偶然エルフの大森林があるなんて都合が良すぎる話だ。


 当然ながら気持ち的には早く帰還したい。とはいえ、災禍の討伐という使命に繋がるエルフの大森林の訪問を、後回しにすることは出来なかった。


 そもそも後どれくらいしたら災禍の封印が解かれてしまうのか分からないのだ。可能な限り早く行動した方が良いに決まっている。


 だからシオンは早く帰りたい気持ちをぐっと堪えて、冒険者になって路銀を溜め、エルフの大森林を探し、災禍の情報を得ようとしたのだった。



「なるほどねー……」


 そんなシオンは現在、冒険者ギルドの蔵書室にてエルフに関する本を読んでいる。


 内容としては、スターウィルが所属しているシルバンデル王国の歴史や街の成り立ち、もちろんエルフの大森林の伝説もだ。


 特に気になったのは、エルフに対する差別の歴史である。どの国にも歴史を遡れば種族差別というものはあるのだが、シルバンデル王国は特に顕著だったらしい。


 今でこそ数は少ないとはいえ、エルフ族の人は街中で見かける。しかし、数百年前までは種族差別、その中でもエルフに対する扱いが酷かったようだ。


 エルフの寿命は五百年とされていて老化が非常に遅い。おまけに美形揃いなので、ヒト族の権力者の格好の餌食だったという。


 基本的にエルフは魔力との親和性が高いので、ヒト族より魔術の扱いに長けている。とはいえ、数が圧倒的に少ないのでヒト族に対抗できなかったということだ。


「差別か……」


 差別というのは非常にセンシティブな話題であり、前世でも色々騒がれていたのが記憶に新しい。過剰に反応して区別を差別と非難したり、当事者を無視して外野が余計な茶々を入れたりすることもあった。


 だが、この世界の差別はガチの差別である。前世でいうと、植民地時代のアメリカにおける黒人差別に近いだろうか。学生の頃に授業で聞いた程度の知識なので曖昧だが、世界が違っても差別は起きるのだなとシオンは思った。


 そこから数十分かけてエルフの大森林の候補地を絞り込む。伝説を記している物語や伝承をもとにしているので、さほど時間はかからない。


 時間があまりかからないとはいえ、面倒なことは確かだ。だからシオンは最初、街にいるエルフ族の人に尋ねようとしていた。しかし、どうやら街にいるエルフ族の人はエルフの大森林の出身じゃないらしい。


 エルフ族の中でも、エルフの大森林とそれ以外で分かれているのだ。別にどちらが正統だということではなく、ただの住み分けに過ぎない。


「よしっ……これで終わりっと」


 シオンは大きく伸びをして凝り固まった体をほぐす。色々と記載した紙を懐に入れて、本を戻してから冒険者ギルドを後にした。




「はい。これ返すよ」


「あん?」


「立て替えてもらってたお金だよ」


「あぁ……そういやそうだったな」


 グスタフは思い出したかのように頷き、シオンが出した大銀貨二枚を受け取った。だが受け取って直ぐに眉を顰める。


「……明らかに多いぞ」


「そりゃね。迷惑料とかも含めてだよ」


 実際にシオンが立て替えてもらっていたお金は大銀貨一枚程度。とはいえ、シオンは立て替えてもらったお金だけ返すというみみっちいことはしたくなかった。


「レイナに怒られそうなんだが」


「まあそこは頑張って」


 レイナは真面目なので貸したお金以上は受け取らない。だからシオンはグスタフに渡したのだ。後はグスタフに頑張ってもらおう。


「あ、そうだ。あと二、三日したら出発する予定だからよろしく」


「金は貯まったのか?」


「うん。金貨二枚貯まったし、Dランクに上がったし、調べ物は終わったから」


 スターウィルで活動すること七日。爆速で依頼をこなしたシオンはDランクまで冒険者ランクが上がっていた。


 また、必要最低限以外は何も買わなかったので金も十分に貯まっている。居心地がいい街だが、早く帰らなければならない。


「帰路は歩いて……いや、空を飛んで帰るのか?」


「んー……そうだね。金もかからないし早いし、空飛んで帰るかな。ただ道中やることあるから真っ直ぐに帰るわけではないけどね」


「やること?……いや、言わなくていい。巻き込まれるのは勘弁だ」


「ははっ、危機察知が早いね。でも正解だと思うよ」


「俺は堅実に生きるって決めてんだよ……」


 八年前の失敗を思い出したのか、グスタフは嫌な顔をする。確かに貴族から平民に落ちるということを経験すれば堅実にもなるだろう。


 シオンはチラリとグスタフん顔を見る。記憶の中にあるグスタフの顔はいかにもドラ息子と言った感じだったが……、今やすっかり変わっている。強面なのは変わってないが、嫌悪感を抱く強面ではなく凛々しさを感じる強面だ。


「ああそうだ。出る前にレイナ達に挨拶していけよ。一言も無かったら拗ねて面倒になるからな」


「もちろん。世話になったからね」


 彼女たちがいなかったらシオンは魔物に食われててもおかしくない。命の恩人と言っても過言ではなかった。


「じゃ、ちょっと買い出ししてくるね」


「おう」


 空を飛んで帰るといっても必要なものはある。シオンは買うものリストを思い浮かべながら足を動かすのだった。






―――――――――――――――


お待たせしました。

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