第6話 対話をしようか

 半強制的にシオンがグスタフと仲間のアレスの部屋に泊まることが決定し、五人で食事をとった後、シオンとグスタフは宿の屋根上で空を眺めていた。


 どちらから誘ったという訳ではなく、何となくの成り行きだ。


 互いに言葉を発さずに沈黙が漂っている。何を思っているのか、何を考えているのか、両者共にそのような思考をしていた。


「何でお前は森に倒れてたんだ」


 グスタフの口から言葉が零れて暗闇に溶ける。当然の疑問であり、今ここにはグスタフしかいない。話しても問題ないだろうとシオンは思った。


「端的に言えば、帝国魔術師と殺し合いをして空間転移したんだよね」


「は……?」


 グスタフはシオンに目を向けて呆ける。何とも間抜けな表情で、シオンは思わず笑ってしまった。


「おい……どういうことだ?意味が分からない。笑ってないで説明しろ」


「ごめんごめん。そうだねー……どこから説明しようかな……」


 睨むグスタフを受け流し、シオンは腕を組んで考える。正直グスタフがどこまで把握しているか分からない。だから、とりあえず認識のすり合わせからすることにシオンは決めた。


「まずさ、ここってどこ?」


「……シルバンデル王国のスターウィルっていう街だ。地理的には……アルカデア王国の真上に位置するヴィルスト帝国より遥か先にある街だな」


「シルバンデル王国……あぁ、あそこか。っていうか凄く距離があるよね?」


「ああ。アルカデア王国から四か月は必要だ」


「四か月っ……⁉」


 あまりの月日にシオンは絶句する。確かに昔に見た地図ではかなりの距離があったと記憶しているが、四か月も必要だとは思わなかった。


「そんなにかかるとは思わなかったんだけど……」


「別に何も障害が無ければ二か月と少しで行ける。だが……道中にある山岳地帯が厄介だ。道のりが険しければ魔物も死ぬほどいる。だから四か月は必要なんだよ」


「なるほど……」


 シオンは納得して頷く。


 確かに、山岳地帯という険しい道のりに魔物が闊歩している場所を通らなければいけないのなら、四か月はかかるかもしれない。


「だったらさ、王国と帝国が戦争したことも知らないよね?」


「なっ……戦争したのか……⁉」


「うん。帝国が急に侵略してきてね。王国が防衛する形で戦争になったんだ」


 目を見開いてグスタフは驚愕の表情を浮かべる。どうやら、戦争の話がこの場所に伝わることはなかったようだ。


 とはいえ、別に不思議な事じゃない。何日ぐらいシオンが意識を失っていたか分からないが、仮に一か月経過していたとしても距離的に伝わることは無はずだった。


「……結果は?」


「最後の最後で転移しちゃったから正確には分からないけど……多分勝ったと思う」


 重力による空間の歪みと膨大な魔力によって引き起こされた空間転移にシオンは巻き込まれたので、最終的にどのような結果になったのかは知らない。


 しかし、転移する直前に覚えのある魔力が近づいてきたのが分かったので、おそらくフシャル平原では帝国に勝ったのだろう。


「まあ戦争の全容を話すと長くなるからさ、割愛して説明するね」


「……」


「その戦争の序盤は順調だったんだけど、最終日に変な化け物が襲ってきてキデラ城砦を放棄せざるを得なかったんだよ。で、シルフィーネ……第二王女を守りながら逃げてたんだけど、化け物と帝国魔術師に追いつかれてさ。戦闘になったわけ」


 夜の涼しい空気にシオンの言葉が溶けて流れる。初めて経験した戦争という狂気の産物。血と臓物が混ざり合った臭い。シオンは思い出しながら話を続けた。


「化け物も強かったけど何とか殺したんだよ。ただ……帝国魔術師の一人が凄く強かったんだ。まあもう一人暗殺者みたいのもいたけど、仮にいなかったとしても苦戦は免れなかったね」


 契約武器を使い、重力魔術も使い、伸ばした髪を犠牲にしてようやくギリギリ勝ったのだ。それまでの戦いで消耗していたとはいえ、今まで戦った相手の中で一番強かったのは確実だった。


「結果的には腹に穴を空けてやったんだけど、俺が開発した特殊な魔術と高密度の魔力によって空間が歪んじゃってさ……空間転移が発生したんだ。それに巻き込まれて、あの森に転移したってわけ」


 説明し終えてシオンはふとティークの事を思い出す。おそらくシオンと共に空間転移現象に巻き込まれたはずだが、どこへ行ったのだろうか。


 いや、そういえば暗殺者みたいな奴もいたはず。両方とも殺したと思うが、結局どうなったのかシオンには分からなかった。


「そういうことだったのか……」


 疑問が氷解したグスタフは、納得の言葉と共に夜空へ息を吐く。所々、引っ掛かる点はあったと思うが、興味がないのかこれ以上グスタフが尋ねることはなかった。


 これはシオンの予想だが、グスタフはもう祖国に興味がないのだろう。なにせ、貴族から平民へ身分が落ちたのだ。八年間の軌跡は知らないが、相当な苦労をしたはずだった。


「……でさ……あの決闘のことなんだけど」


 静かな空気の中、シオンは切り出す。


「ごめ――――」


「おい。それ以上言ったら殴るぞ」


 ギロリとグスタフがシオンを睨む。何故か分からないが、その声には有無を言わせない迫力があった。


「お前があの時から不気味なほどに性格が変化しているのは知っている。お前が何を思っているのか……なにを言わんとしているのかも理解している」


「……」


「だが……勘違いするなよ。あの時はお前が正義で俺が悪だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 嘘でも強がりでもない。グスタフの目と言葉から、本心で言っているということがシオンには分かった。


「そっか……」


 何も言うことなくシオンは呟く。本人が気にしていないと言うのならば、これ以上はシオンの我儘だ。僅かな安心と感傷がシオンの心に湧き出た。


「まあ……元気そうで何よりだよ。パーティーメンバーも良い人達だし。それに……あの時と違って本当の仲間だし」


 夜会の時にグスタフが引き連れていた令息達は、権力によって出来た仲間だ。とてもじゃないが、健全で本当の仲間ではない。


 しかし、今日シオンが出会ったミーシャとレイナとアレスは違う。身分や能力関係なく、互いを信頼しているようだった。


 平民に身分が落ちたというのは、非常に重い事実である。ただ、それが剥奪と感じるのか解放と感じるのかグスタフにしか分からない。


 とはいえ、おそらくは今の状況を心地よく思っているのだろう。何故か分からないが、そのことをシオンは嬉しく感じていた。


「なんかキモいなお前……」


 一人でに心の中で納得していたシオンは現実に意識を戻す。すると、グスタフが変なものを見る目をシオンに向けていた。


「失礼な。俺は正常だよ」


「いや……やっぱりキモいぞお前」


「えぇ……」


 再びキモいと言われてシオンは困惑する。キモいことをした覚えはないのだが……何がキモかったのだろうか。


「まあいいや。そろそろ戻ろうよ」


 シオンは足に力を入れて立ち上がる。

 短くなった銀髪が月明かりに照らされた。


「……ああ」


 少し間をおいてグスタフも立ち上がる。


 屋根に二人の影が残されていた。







――――――――――――――――


個人的にグスタフはお気に入りのキャラです。

メインキャラではないですが、今後もちょくちょく登場すると思います。


あと、最近気が付いたら一話の文字数が多くなっちゃうんですよね。今回も三千文字です。何ででしょうか?

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