第5話 気まずい沈黙

 前世で物心つく前に両親と死別したシオンはずっと施設で生活していた。もちろん施設の環境は良かったと思う。だが、親がいないというのは想像以上に子供の人格形成に影響する。


 確かにシオンは非行に走ったり周囲の人間に迷惑をかけることは無かった。実際のところは分からないが、おそらく周りから見たら聞き分けがよくて素直な子供だっただろう。


 素直で聞き分けが良い子供。これは一般的には良いこととされているし、その大多数が評価通りの子供だ。しかし、ごく一部の素直で聞き分けが良い子供には、どこか人格的に欠けていることがある。


 表面上は問題なく見えるので、人格が欠けているのに気付くのはほぼ不可能に近い。気付くことが出来るとしたら肉親ぐらいだろう。


 シオンにはその肉親がおらず、そこはかとない飢餓感と何にも執着しない性質を抱えたまま成長した。だからシオンは転生の話に応じたのだ。


 幸いだったのは転生先の世界には魔術という存在があって、偶然にもシオンが魔術に対して興味を示したこと。そして、家族に恵まれたことである。


 魔術に対して興味を抱き、家族によって欠けていた人格が徐々に正常へ変化していった。ただ、それでも完全に欠けていた人格が元に戻ることは無かった。


 人に興味が無いのは変わらず、魔術に心血を注ぐ毎日。年月が経ち、遂にグスタフとの決闘騒ぎの日になる。


 結果は知っての通り、シオンが圧勝して予定通りにグスタフは平民へと落ちた。当然ながらシオンはグスタフに興味を示すことなく、騒動は終わる。


 だが、その後にシルフィーネと出会ったことでシオンは明らかに変化した。理由も理屈も分からないが、シオンの欠けた人格が正常へと変化していったのだ。


 非常に喜ばしいことであり、シオンも言葉にしてはないないが自覚していたところに、かつてのグスタフの実家であるゲルガー侯爵家の話を聞いた。


 どうやらグスタフには腹違いの弟がいて、第二夫人の子らしい。別に珍しい話でも無ければ、次の当主は順当にいけばグスタフだ。


 ただ、第一夫人との結婚は政略結婚であり、第二夫人との結婚は恋愛結婚であるとのこと。つまり、次期当主はグスタフではなくて腹違いの弟になることをゲルガー侯爵と第二夫人は望んでいたのだ。


 幼いながらもグスタフは自分の状況を理解しており、母からの期待にも答えるために考え付いたのが他貴族家の子息を率いるというものだった。


 普通に考えれば悪手で良いことなどない。しかし、幼くて相談できる相手がいなかったグスタフにとっては、これ以上ない手段だった。


 結果、運悪くシオンに喧嘩を売ったことによって、貴族の身分が剥奪されることになったのだ。


 別にシオンが悪い事をしたわけではない。完全にグスタフが悪い。だが、シオンはその話を聞いて罪悪感を抱いた。


 今世では同い年とはいえ、シオンは転生しているので生きた年数を考慮すると大人だ。だというのにシオンは大人げないことをしてしまった。


 以前のシオンならば気にもしなかったが、シルフィーネとの出会いによってシオンは変化した。だから、罪悪感や後悔がシオンの心に湧き出たのだ。




「……元気そうで安心したよ」


 沈黙の帳が下りる中、シオンは言葉を絞り出す。声に出したのは当たり障りのない言葉だが、相手にとっては癪に障るもの。


 特に、グスタフを平民に落とした原因であると言っても過言ではないシオンが言うべきセリフではなかった。


「……お前もな」


 たっぷり十秒経過してグスタフも言葉を零す。


「……」


「……」


 互いに目をそらし、気まずい沈黙が再び流れる。こんなに気まずくて居心地が悪い経験をシオンはしたことがなかった。


 何を話せばいいのか、グスタフは何を考えているのか。今まで人と話す時にも考えていたことだが、何故か何も分からなくなってしまっていた。


「ねぇねぇ!二人はどんな関係なの?」


 ミーシャが二人に尋ねる。一見空気を読まない行為だが、シオンとグスタフにしてみればありがたい介入だった。


 シオンとグスタフはどちらが答えるか互いに目配せする。そして、グスタフが口を開いた。


「……俺が元々貴族だったのは知ってるだろ?」


「うん」


「その時の……知り合いだ」


 端的にグスタフは説明する。


 間違ってはいないが、決定的に説明不足だ。とはいえ、グスタフがパーティーメンバーにどのくらい説明しているか分からないので、シオンが安易に言葉を付け足すこともできない。


「ふーん……でもただの知り合いじゃないでしょ?」


「何でそう思った」


「だってー、凄く気まずそうだもん!」


 遠慮のない性格のお陰か、ミーシャが他の二人の言葉を全て代弁している。


「……貴族の身分を剥奪されたことも知ってるよな」


「うん!喧嘩売って返り討ちにされたんでしょ?」


「全くもってその通りだが笑顔で言うのは止めてくれ……」


 容赦のない言葉にグスタフは顔を歪め、シオンは笑いそうになって俯いた。詳細は知らないとはいえ、どうやらグスタフは既に話しているようだ。


「でだ。その俺が喧嘩売った相手がこいつだ」


「え……えぇ⁉そうなの⁉」


 ミーシャは声を上げてグスタフとシオンの顔を交互に見る。他の二人も声こそ出してないが、驚きで溢れていた。


「ん?っていうことは……シオンさんはお貴族様⁉あ、シオン様って呼ばないとだめかな?」


「いや、別に付けなくていいですよ。面倒くさいんで」


「ほっ……よかった!というかシオンさんも敬語じゃなくていいのにー」


「んー、じゃあ敬語は取らせてもらうね」


 外しどころを見失っていたので、これ幸いとシオンは敬語を外した。


 そして、再び場が沈黙で満ちる。


「暗くなってきたので、とりあえず宿に戻りませんか?」


 レイナが提案する。確かに日が暮れてきてどんどん辺りが暗くなっていた。


「あ、そういえばシオンさんはどうするの?お金ないんでしょ?」


「うーん……まあ、野宿でもするよ」


「ええ⁉駄目だよ!風邪ひいちゃうよ?」


 シオンとしては一日ぐらい野宿しても問題ないと思っていた。魔術もあるので風邪をひく心配も、身の危険もない。


「あ、それならばグスタフとアレスの部屋でいいんじゃないでしょうか?確かもう一つベッドが余っていたはずですし……」


「え、流石に申し訳ないから……」


「大丈夫です。そうですよねグスタフとアレス?」


 いつもの丁寧な口調のまま、レイナはグスタフと斧使いのアレスに尋ねる。何故かその言葉には迫力があった。


「あ、ああ……」


「そ、そうだな……」


 有無を言わさない言葉に、グスタフとアレスは頷く。このやり取りで、シオンはパーティーの力関係を理解した。


「では帰りましょう。私もシオンさんとグスタフの話を聞きたいんですよね」


「私も聞きたい!」


 レイナが立ち上がり、ミーシャも続く。場の主導権はレイナが握っており、いつの間にかグスタフとシオンは蚊帳の外だった。


「……」


「……」


 シオンとグスタフは示し合わせたかのように目を合わせる。


「いくか……」


「そうだね……」


 言葉は数えるほどしか交わしていないが、二人の間にあった気まずさは確かに軽減していた。

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