第4話 八年ぶりの再会
色々な人とすれ違いながらシオンは宿へ足を進める。目指すのは助けてくれた冒険者パーティーが滞在している宿。
目線を動かして目印を探しながらも、この街の様子や概要を確認していく。街の規模としてはフォードレイン領より少し小さいくらいだろうか。
行き交う人々は、人族が一番多く、次点で獣人族、ドワーフ族が多い。エルフ族は見当たらなく、魔族は当たり前のことにいない。
このことから人種差別が蔓延る街ではないことは確定だ。人種差別といった理不尽な差別が嫌いなシオンとしては幸先が良い。
「ん、ここか…」
小鳥の絵と『木漏れ日と囀り』という文字が書いてある看板をシオンは前にして呟く。間違いなく、目的の宿だ。
一階部分は食事処になっていて、二階と三階が客室となっている。場所も中央通りから離れているので静かだ。総合的に評価してもかなり良い宿ではないだろうかとシオンは思った。
そこまで考えてシオンは扉を開く。現在いるか分からないが、いなかったとしても宿の人に言伝を頼むことくらいはできるだろう。
「すみません。路地裏の誓いという冒険者パーティーの人達っていますか?」
受付に着くなり開口一番にシオンは尋ねる。
「路地裏の誓い……?ああ、泊っておられますよ。ですが今はいませんね」
少し戸惑いながらも受付の女性が答えた。どうやら泊まってはいるが今は出かけているらしい。
「どこに行ったか分かりますか?」
「それは……」
シオンの言葉に受付の女性は怪訝そうな目を向ける。客の居場所を聞き出そうとするシオンを怪しく思ったのだろう。
「あ、別に俺は怪しい者じゃないですよ。実は今日彼らに助けてもらって、おまけに治療費も肩代わりしてもらって……だからお礼を言いたいだけなんです」
受付の女性の怪訝そうな目によって、自分が怪しく思われていることを理解したシオンは事情を説明した。
「なるほど……そういうことでしたか。ただ……申し訳ないのですが、私はただの受付なのでどこへお出かけになったのか存じておりません」
「あー……そうですか。分かりました。お時間を取らせてしまって―――」
「あー!レイナ!いたよ!」
言いかけていたシオンは言葉を止めて背後の声に振り返る。先程の声の主であろう少女が、別の少女の手を引いて歩いてきていた。
「ねぇねぇ!大丈夫だった?」
「大丈夫って……もしかしてお二人は路地裏の誓いの方ですか?」
「正解!」
戸惑いながら尋ねるシオンに、元気ハツラツな少女は笑顔を浮かべる。
「ミーシャ、もう少し静かにしなさい。他の方に迷惑ですよ」
「はーい」
レイナと呼ばれていた少女がミーシャを注意して、ミーシャも素直に頷く。外見から判断すると、二人ともシオンと同じくらいの年齢だろうか。
「ミーシャさんと……レイナさんですか。お二人とも助けて下さってありがとうございました。それに、治療費も支払っていただけたみたいで……」
「いえいえ、ご無事で何よりです。治療費も大した額ではないので大丈夫ですよ」
「えっ、流石にお返ししますよ。申し訳なさすぎるので」
寛大すぎる申し出にシオンは首を振って断る。治療費がいくらかは分からないが、子供のお小遣いより高いことは確かだ。
「失礼を承知でお尋ねしますが……手持ちがないのでしょう?」
「む、確かに事情があって無一文ですが返しますよ。さきほど冒険者登録をしてきたところなので」
両者譲らない姿勢を見せる。ただ、宿の受付の目の前で問答をしていることを忘れてはいけない。
「あの……そのような話は別の場所でしていただけると……」
「あ、すみません」
受付の女性にやんわりと叱られて三人は一先ず宿の外に出た。
「ということで絶対にお返しします」
「……そこまで言うのならわかりました」
広場にある適当なベンチに腰を掛けている中、二人の問答はレイナが折れる形で終わった。計十分以上にも及ぶ無駄な問答はシオンの勝利である。
「レイナさんとミーシャさんはこの街から離れる予定はありますか?」
「いえ、しばらく私たちのパーティーはこの街にいますよ」
「それならよかったです」
近日中にこの街を離れるのならば返すのが難しくなるのだが、そうでないなら時間に追われることはない。また、聞いた話によると治療費は銀貨五枚であり、大して高額ではないのでシオンは安心した。
「そういえばさっ、何であそこで倒れてたの?何ていう名前なの?何歳?」
穏やかな空気が漂っているところに、ミーシャが身を乗り出して尋ねる。少々怒涛の勢いだが、確かにそれは当然の疑問だ。
「えーっとですね……」
「ミーシャ。いきなり幾つも質問したら困ってしまいますよ」
怒涛の質問にシオンは少し戸惑ってレイナが咎める。だが、そういえば名前すら明かしていないなとシオンは思って口を開いた。
「まず……俺はシオンといって年齢は十六歳です。何で倒れていたか……はちょっと大っぴらに言えないので秘密にさせてください」
名前と年齢は行っても別に問題はない。しかし、何で倒れていたかという理由は言えるはずがなかった。
『帝国との戦争の中で帝国魔術師の腹に穴を空けた後、転移して気を失っていました』なんて言える訳もなく、信じてもらえるかすら分からないからだ。
「へー十六歳なんだ!私は十四歳だから二つ年上だね!」
「私は十六歳なので同い年ですね」
ミーシャが十四歳でレイナが十六歳。先程までのやり取りで、レイナは姉みたいでミーシャは妹みたいだと感じていたが、どうやら間違っていなかったようだ。
「そういえば路地裏の誓いのメンバーはお二人だけですか?」
「いえ、他に二人いますよ。一人はリーダーでもう一人は―――あ、ちょうどこっちに来てます」
レイナの目線をシオンは追う。それなりに人がいる場所なので少し分かりづらいが、冒険者らしい装備で身を包んでいたので比較的簡単に見つかった。
また、二人とも男で、片方は剣士でもう片方は斧を背負っている。どちらとも前衛であることが伺えた。
段々と近づいてくるにつれて、二人の顔が鮮明になる。そして、シオンは剣士の男の顔を見て固まった。
ミーシャとレイナが不思議そうにシオンを見るが、気にする余裕がない。シオンは視線が一点に集中し、驚愕の表情を浮かべる。
間違いない。
忘れるはずがない。
無意識に零れた。
「グスタフ……」
それはかつてシオンによって貴族の身分を剥奪された者の名だった。
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期末試験が終わりました。
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