第3話 目覚め

 冒険者ギルドに隣接されてある治療棟。ここでは主に怪我をした冒険者が治療を受ける場所だった。もちろん意識が回復しない人の為にいくつか病室もある。


「ん………あ…?」


 一つの病室で小さな呟きが響いた。病室といっても最低限のものしか置かれていないのでとても狭い。だから、小さな呟きでも部屋に響いた。


「…ん?…は?」


 ベッドから体を起こした銀髪の青年、シオンは夢現で疑問を口にする。はたしてここはどこだろうか。というか自分は何をしていただろうか。


「あ、そうだ。飛ばされたんだ」


 十数秒後、脳が機能し始めてようやく思い出した。自分は帝国との戦争に従軍しており、帝国魔術師と激しい攻防を繰り広げていたのだ。


 記憶がただしけば最後に帝国魔術師の腹を貫いたはず。その後に一帯の空間が歪んで、空間転移だと思われる現象が生じた。


 結局帝国との戦争はどうなったのか、シルフィーネは無事なのか、色々と気になることや不安になることはあるが、今は別のことを考えなければならない。


「さて…ここはどこだろうか…」


 『厄禍』とやらに封じられていた転生直前の記憶も戻り、今後の行動ははっきりと決まっている。しかし、現在自分はどこにいるのかという情報がシオンにとって一番重要だった。


 とりあえず今の状況から推測すると、誰かがシオンを見つけて運んでくれたのだろう。たまたまベッドの中に転移した、という可能性も否定できないがあまりにも天文学的な確率だ。


「よいしょっと…」


 掛け布団の中に入っていた下半身をベッドから出し、寝ているのではなくて腰をかけている体勢にする。


「あ」


 シオンはふと自分の体を見て気がついた。戦闘の際に脱ぎ捨てたローブはもちろん無いが、着ている服もボロボロだ。繊維が溶けたような破損の仕方なので、戦闘の時に相手の炎によるものだろう。


 新しいものに着替えたいが…、手持ちもなければ買う金もない。魔術で作れればいいがそんな万能じゃない。


 どうしたものかとシオンが考えていると、部屋の扉が開いた。


「あ…」


 入ってきたのは清潔そうな白服に身を包んだ一人の女性。おそらく治癒師だろう。起き上がっているシオンに少し驚いている様子だ。


「ああ良かった。目を覚まされたんですね」


「はい。ここはどこですか?」


 酷く乾いた喉に不快感を覚えながらシオンは尋ねる。


「冒険者ギルドの隣にある治癒棟ですよ」


「なるほど…」


 聞き覚えのある単語にシオンは頷く。フォードレイン領の冒険者ギルドの隣にも治癒棟があるのだ。行ったことはないが、何度か見たことはあった。


「一通りは治療しましたが…どこか痛むとこはありませんか?」


「えーっと…大丈夫です」


 肩を回したり体を触ったりして確かめるが痛みは一切ない。火傷したであろう箇所も綺麗になっているため、本当に全て治療してくれたのだろう。


「そういえば誰が運んでくれたか分かりますか?」


 立ち上がって服を整えながらシオンは聞く。


「確か…『路地裏の誓い』というCランクパーティの方々ですね」


「路地裏…何だか珍しい名前ですね」


 パーティーの名前を聞いてシオンは不思議に思った。基本的にパーティ名は自由だが、大体は聞こえがいい名前を付けるものだ。


 しかし、シオンを運んだパーティーの名前は『路地裏の誓い』という地味で見栄えが良くない。何か思い入れがあるのだろうかとシオンが考えていると、ベッドを整えていた治癒師が振り返った。


「本来は治療費を請求させていただくのですが…すでに『路地裏の誓い』の方々がお支払いをしたので帰って大丈夫ですよ」


「え、本当ですか?」


「はい。手持ちが無さそうだから払っておくと言ってました」


 確かにシオンは無一文である。ただ、だからといって赤の他人の為に治療費を支払うものだろうか。何かしらの理由があるのかただの善人か分からないが、一度会わないとなとシオンは思った。


「その人達って冒険者ギルドに行けば会えますかね」


「今いるか分かりませんが…少なくともこの街には居ますよ」


「わかりました。ありがとうございます」


 礼を言ってシオンは治癒棟から出る。全く土地勘が無いので迷うことは確実だが、特に時間に追われてもいないので適当に歩き回った。


 最優先事項は早く現在地を確認して王国に戻ることだ。しかし、治療費を肩代わりしてくれた『路地裏の誓い』に礼を言ってお金を返さなければいけない。それに、路銀を稼ぐ必要もある。


 路銀、つまり金を稼ぐには色々な手段があるのだが、シオンは冒険者になって金を稼ごうと思っていた。魔術による戦闘力は確固たる自信があるし、旅をしながらでも稼げるのが冒険者だ。


 ただ、取り敢えずは冒険者ギルドに行く必要がある。見慣れない景色を眺めながら、シオンは冒険者ギルドであろう建物へ足を進めた。


「へぇ…」


 冒険者ギルドの扉を開けてシオンは中に踏み入る。想像よりも綺麗で広い。フォードレイン領よりは小さいが、中々の規模だ。


 この街もある程度は大きいかもしれないと思いながら、シオンはキョロキョロ見渡して受付を探す。時間が昼過ぎだからか冒険者は少ない。おそらく、依頼を受けに出かけているのだろう。


 一階部分の奥の方にあるのは……、食事をする場所だろうか。何人かの冒険者が簡単な食事をとっているのが見える。ガラが悪いわけでは無さそうなので、今日は休息日なのだろうか。


「すみません。『路地裏の誓い』というパーティーってどこにいるか分かりますか?」


 シオンは受付に向かって、受付嬢に尋ねた。


「あ、もしかして治癒棟に運ばれた人ですか?」


「はい。運ばれた人です」


「無事だったんですね!良かったです!」


 納得した様子を見せながらも受付嬢は笑顔を浮かべる。


「実は彼らが治療費を肩代わりしてくれたみたいで…お礼と返済をしたいなと」


「なるほど!今どこにいるか分かりませんが…路地裏の誓いの方々は基本的に『木漏れ日と囀り』という宿にいますよ!」


「『木漏れ日と囀り』ですね…わかりました。それと、冒険者登録ってできますか?」


「冒険者登録ですか?できますよ!」


「ではお願いします」


 受付嬢は一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに切り替えた。



「はい。完成しました!これが冒険者証です。基本的に首から下げてください」


 氏名と戦闘スタイルを記入してものの数分後。

 ネックレスのような冒険者証が完成した。


「了解です。ありがとうございました」


 諸々の説明を聞いてシオンは冒険者ギルドを出る。


「さて…とりあえず宿に行ってみるか…」


 土地勘が皆無なので無事に見つけられるか分からない。しかし、受付嬢が教えてくれた目印を頼りにシオンは足を動かした。

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