第56話 終結

 四日間に及ぶヴィルスト帝国とアルカデア王国の戦争は、アルカデア王国の勝利という形で終結した。


 モールゲン湿地、フシャル平原、キデラ城砦。キデラ城砦こそ帝国にとられたが、モールゲン湿地とフシャル平原では完勝、そして王国の指揮官クラスの人間は誰も欠けることが無かったので勝利といって差し支えないだろう。


 王国は勝者なので、帝国に賠償金を要求する権利がある。当然渋ると思うが、宰相のシュゲルが上手くやってくれるはずだ。


 当初想定していたよりも理想的な結果であったが、一つだけ不可解かつ想定外の事態が起こった。


 それは、シオンが突如として姿を消した事である。


 行方を眩ませたという言葉などの比喩表現ではなく、言葉通り突如としてその場から姿を消したのだ。シオンが消えた、という情報は瞬く間に王国の上層部へ伝わり、丁度現在会議が開かれていた。


「突然の事ですまぬ。お前達の頭脳を借りたい」


 会議の参加者は、たった今発言した国王ギルベルトを筆頭に、賢者マーリン、同じく賢者リヴレイ、第一魔術師団団長フォルスである。


「なるほど…消えたのですかシオン君が…」


 顎に手を当ててマーリンは呟く。彼としても、一度も聞いたことがない事が不可解に思っていた。しかし、ある程度の推測はある。


「もう少しその時の状況を教えてもらえますか?」


 推測はあるとはいえ、情報が少ない。マーリンはシオンが消えた場にいた魔術師団員に話を聞いたフォルスに尋ねた。


「まず…シオンと戦っていたのは帝国魔術師と一人の暗殺者です。互いの力は拮抗…いや、僅かに帝国側の二人が勝っていたらしく、次第にシオンは劣勢になっていきました。しかし、シオンの奥の手である『契約武器』と『重力魔術』で形勢を逆転、互いにボロボロになりながらも大技を放ち、最後はシオンが帝国魔術師の腹を氷槍で貫いて終わったそうです」


 魔術師団員に聞いた話を思い出しながら、フォルスは語る。複数人から聞いた話なので、この情報は正確だろう。


「ふふふっ…はっはっはっ!流石ですねぇシオン君は。まさか偶然とはいえ…成功させるとは」


 若干の狂気を醸し出しながら、賢者リヴレイは嬉しそうに笑う。言葉通りならば、彼に真実が分かっている様だった。


「多分私も分かりました。リヴレイさんと同じ考えでしょう」


 マーリンもリヴレイに続いて言う。


「本当か。ならば…何が起こったというのだ?」


 少し驚きながらギルベルトは尋ねる。何かわかることはあると思っていたが、一瞬で真実を見抜くのは驚きであった。


「ふふっ。空間と空間の移動…つまり空間転移をしたのですよ!」


 口角を上げて嬉しそうに、面白そうにリヴレイは言い放つ。その言葉にマーリンは頷き、ギルベルトとフォルスは目を見開いて驚きをあらわにした。


「空間転移…あの古代で失われたものか…」


「そうですね。まあ、今回は周囲の状況が重なって偶然発生したものだと思いますが」


 ギルベルトの呟きにマーリンが答える。


「……ならばシオンは無事なのか?」


「消えたのは空間ごとですよね?それならば無事だと思います」


 マーリンの言葉にギルベルトは胸を撫でおろす。


「ただまぁ、どこまで転移されたか分かりませんねぇ。世界の端かもしれないし、案外近くかもしれない」


 偶発的に起こった空間転移なので、行先もランダムだ。リヴレイの言う通り、世界の端かもしれないし、近くかもしれない。はたまた、深海や火山の中の可能性もあるのだ。


「いやぁでも凄いですよぉ!重力魔術による空間の歪みと大規模な魔術による魔力濃度!この二つによって空間転移が引き起こされるんですねぇ…!」


 相対性理論という小難しい話を知らなくても、リヴレイとマーリンは重力によって空間が歪められることは知っていた。歪んだ空間の中を満たず濃密な魔力。この二つが重なって空間転移が起きたのだろう。


「なるほどな…我々はシオンを待つしかないのか」


「それ以外ありませんね。ただ、心配する必要はないと思いますよ。シオン君は少々異常なので」


 少し笑いながらマーリンは言ったのだった。





 王城の一室にて。


 シオンの空間転移事件を目の前で見ていたシルフィーネは、王国に戻ってから数日間ずっと部屋に籠っていた。


 常に隣にいて、常に共に行動していたシオンが消えたのだ。まだ精神的に不安定であるシルフィーネには信じられない事だった。


 父であるギルベルトから生きている可能性が高いと言われたが、それでも不安で不安で仕方がない。


 特に、自分を守るために戦って消えたしまったという事実が心に重くのしかかっている。


 自分のせいではないか、自分がいなかったらこんなことにはならなかったのではないか。このような気持ちが体の中で渦巻いていた。


 そんな中、部屋の扉を叩く音が聞こえる。


「シルフィーネ。俺だ」


「ジーク兄様…」


 声の主は、シルフィーネの兄であり第二王子であるジークベルトだった。そして、何の用事で扉を叩いたのかと、シルフィーネは不思議に思う。


「そのままでいいから聞いてくれ。シオンの兄…アルトから言いたいことがあるそうだ」


「え…?」


 困惑の声が口から漏れる。てっきりジークベルトが何か言いにきたのかと思ったが、シオンの兄であるアルトの用事だったのか。


「あー…シルフィーネ殿下」


 扉の奥から知っている声が聞こえる。シルフィーネはシオン経由でアルトと何度も顔を合わせていたため、ある程度の関係性はあった。


「シオンのことで不安になったり気に病んでるとお見受けしますが…心配は無用ですよ」


 少し悩んでいるような声色だ。


「人伝に聞きましたが、シオンは最後に『必ず戻る』と言ったのでしょう?あいつは基本的に他人に興味がありませんが殿下は別です。多分、何が何でも戻ってくると思いますよ」


 長々と喋るアルト。

 彼がこんなに真面目腐ったことを喋るなんて非常に珍しい。


「あと…えーっとですね…今のうちに鍛錬でもしてシオンを驚かせてやりましょう。でないと…シオンに失望…はされませんけど、シオンを助けられるくらいまで強くなっていれば、もう守れらることはないはずです」


 ガサツで大雑把なアルトらしからぬ言葉を選びながら話を締め括った。


「…よし。帰るぞジーク。俺の役目は終わった」


「お、おい引っ張るな」


 居心地が悪かったのか、話し終えたアルトはすぐに立ち去ろうとしているようだ。その状況がシルフィーネにもよく分かった。


「そういうことだシルフィーネ。少しずつでいいから元気出してくれ。……おい、服が伸びるだろうっ」


「気不味いんだよ」


 仲が良さそうな言い合いが遠のいていく。


 暗い部屋のベッドでうつ伏せになっているシルフィーネは、回転するように仰向けへ体勢を変える。


「はぁ…」


 一つ息を吐いた。


 遮光カーテンから漏れる僅かな光によって見える虚な瞳。そんな虚な瞳に、少しだけ光が灯る。


 五年間、毎日隣にいたシオンがいないという現実。友人、親友…いや、親友すらも超えた言葉に表せない特別な存在。


 ベッドから起き上がり、唐紅の髪を垂らす。


 そして、シルフィーネは体に力を入れた。








 第三章〜完〜



———————————



お読みいただきありがとうございました。

これにて第三章は完結です。


第三章はどうだったでしょうか?

少し長くなってしまいましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。


常に一緒にいたシオンとシルフィーネが離れ離れになる…。

そんな状況でどのような成長をするのか、また転生した目的は何なのか、次章以降でどうぞお楽しみください。


あと、フォローと★評価をよろしくお願いします。


では、第四章でお会いしましょう。

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