第55話 決着?

 契約武器である白銀杖と概念系統の重力魔術。なにやらテュークは契約武器の存在は知っているようだが、重力魔術に関しては何も知らないのが分かる。


 私的な感情もあるが、テュークとフルカの二人は殺さないといけない。自分がどうなろうと興味ないが、シルフィーネに危害を与える奴を排除するのは最優先だ。


 シオンは自分でも気が付いていないが、人に興味関心を持つことが殆どない。一見、穏やかで心優しいと感じるのだが、実は他人に興味ないだけ。


 興味関心がないからこそ、怒ったりしない。それをシオンは意識的にやっているのではなく、習慣のように無意識に行っている。


 穏やかで優しいペルソナに隠れているのは、良くも悪くも歪んだ心根。シオンの両親は気が付いており、二人の兄も何かしら感じ取っていた。


 とはいえ、そのような心根を持つ人が凄く珍しいわけではない。気が付いていないだけで、実はシオンと同じ心根を持つ人はある程度いる。


 しかし、シオンはあまりにも極端すぎた。心を囲っている壁があまりにも高くて堅牢過ぎた。それに伴う虚無感や孤独感。矛盾しているのだが、長い年月によって築かれた壁は簡単には壊れない。


 この壁は前世によって形成された部分が全てであり、何なら転生してからましになったくらいだ。前世とはまるで違う生活環境によって僅かに壁が脆くなっていた。


 最たる原因はシルフィーネだろう。彼女はシオンにとって特別な人間だったし、今でも特別な人間だ。理由は分からない。だが、家族よりも大切で大事な存在であることは確かだった。




「お前らだけは殺すっ…!」


 白銀杖を手にしながら、重力魔術を行使していく。それと並行して、白銀杖が内包している属性である氷属性の魔術を放つ。


 テュークとフルカもただではやられない。少なくなってきた魔力を振り絞ってシオンを殺さんと攻撃する。


 高重力と魔力の衝突によって空間が歪み、疲労と相まって荒れる呼吸。肺が軋み、全身が痺れるが決して立ち止まらない。


 轟音を奏で、宙を氷と炎で彩る攻防。詠唱などせず、目を見開きながら思考を並列に使って必殺の魔術を何度も発動する。


 僅かにでも触れたら灰塵と化す炎を、分子レベルまで停止させる冷気で鎮火。一瞬で巨大な氷槍を作り出し、音の壁を突き破る程の速度で発射。その氷槍に炎の花が咲き、すぐさま昇華された。


 氷と炎という相反する属性同士の戦いだからこそ相性の差が発生しない。勝負を分けるのは個人の技量だけだろう。


 フルカが姿を消して近づき、手にしたナイフを振るうが、シオンは白銀杖を武器にして防御。杖術の要領で白銀杖を回転させて上段から振り下ろした。


「くっ…!」


 刃が付いていない棒とはいえ、決して壊れる事のない白銀杖による打撃の威力は凄まじい。フルカは咄嗟に腕で頭を守るが、その腕の骨が砕けた。


「お前は鬱陶しい」


 白銀杖を一度引き寄せ、隙を見せたフルカの喉を神速の突きで打ち抜く。


「ごッ――!」


 地面へ落ちていくフルカに目を向けることなく、シオンは自分を氷の壁で囲う。次の瞬間、高圧縮された熱線が氷壁を貫いた。


「ちっ…!」


 氷壁を貫いた熱線はシオンの右腕を掠める。掠めた箇所に目を向けると、服が焼き切れて肌が少し抉れていた。


 次々に襲い掛かる熱線を躱しながら前方に極厚の氷壁を展開。そして、口を開いて言葉を紡いだ。



「『駆けるは一条。残すは光芒。我道を行く銀の矛。目指すは果ての三日月。帯電加速。虚空を裂いて進め―電磁加速砲』」



 雷光が瞬き、一粒の小さな鉄球がシオンの眼前に現れる。銀髪が静電気によって広がる様はまるで修羅の様だ。そして鉄球の両側に土魔術によって薄いレールが敷かれ、異質な高音が鳴り響いた。


 次の瞬間、バチンと音が鳴り、鉄球が消えた。



「ぐが――ッ!」


 遠くでテュークの呻き声が聞こえる。煙が晴れた先にシオンが見たのは、左の二の腕から先が無くなったテュークの姿だった。


「ずれたか…」


 その姿を見たシオンは残念そうに呟く。シオンが発動した魔術、『電磁加速砲』は名の通り前世の世界にあった理論を基にした兵器を真似たものだからだ。


 記憶では確か実用化はされていなかったはずだが、基本的な理論が分かっていれば魔術という技術体系で模倣は可能だった。


 本来の電磁加速砲は秒速七キロを超えるものもあった気がする。しかし、残念なことにシオンが扱う魔術にそこまでの速度は出ない。


 今回はテュークの直感によって避けられてしまったため、衝撃波によって左腕一本しか持っていけなかったが、本来なら人を木端微塵にする程度は簡単だった。


「そろそろ…死ねッ…!」


 息をつく暇もなく、シオンは数多の氷槍を作りだし、螺旋させながら射出する。だが、空気を貫きながら超速で飛翔する氷槍は、テュークを中心に発生した炎の渦によってかき消された。



「はぁはぁはぁ…」


 炎の渦が消え、肩で息をしているテュークが姿を現す。左腕を失っていることもあり、そろそろ限界なのだろう。


 それを好機を見たシオンは追撃を―――。


「ちっ」


 背後に魔力反応があり、飛翔の魔術を解除して落下した。


「くっそ…」


 直前で躱されたフルカは悔しさの声を漏らす。しかし、動きを止めることなく、頭上に展開した障壁を蹴って、落下しているシオンとの距離を詰めた。


 背を地面にして落下しているシオンは迫るナイフを白銀杖で受け止める。


「ぐぅ…!」


「――うおぉぉ!」


 ギリギリとナイフと白銀杖が不協和音を奏でる中、フルカは不意にシオンへ身体を引き寄せて拘束した。


「何を…っ」


「隊長!」


 困惑するシオンだが、テュークの姿を視界に入れた途端に理解した。フルカ諸共、自分を攻撃するのだと。


 そして既にテュークは詠唱を完了させ、魔術を発動する段階だ。思考している時間などない。シオンは身体強化の強度を最大限まで引き上げ、靡いている自身の銀髪を氷のナイフで斬り落とした。



 遥か昔、生贄という儀式が存在した。人という魔力の塊を贄にして、大規模な魔術を行うのだ。普通は他人の体内魔力を扱うことは出来ない。しかし、当時の魔術師達は何かしらの魔術を用いて使っていた。


 今はもうその魔術は失われているので、生贄という儀式はない。ただ、他人の体内魔力ではなく、自分の体内魔力であったら当然ながら使用できる。


 つまり、自分の体の一部を贄としてその魔力を使うのだ。シオンが今までずっと髪を伸ばしていたのは、いざという時に贄にするため。また、髪という失っても問題ない部分を贄にするのは一番効率が良かったからだった。


「『我が頭髪を贄として発動する―障壁』!」


 宙を漂う銀髪が光り輝き、シオンを中心として堅牢な障壁が展開される。


 次の瞬間、魔術による爆炎が障壁を襲った。


 空気を震わせる轟音による衝撃。

 地面が溶解してしまうほどの熱。

 天にきのこ雲が昇り、周囲を白煙が満たす。


 魔術を放ったテュークは地面に降り立ち、フルカとシオンの様子を見るために目線を動かした。そして、反射的にその場から飛び退く。


 地面から突き出たのは一本の氷槍。少しでも回避が遅れていたら、テュークの体は氷槍によって串刺しにされていただろう。


「どうやって…そうか…あの髪かっ…!」


 記憶にあるのはシオンが直前で切り離した髪の毛。あれだけの量の頭髪を贄として発動した障壁ならば、防いでもおかしくはない。そう思いながら、テュークは身構えながら視線を動かした。


 数秒後、風が辺り一帯の白煙を吹き飛ばした。



「見えたぞ…潰れろッ!」


 白煙が晴れて、中から姿を現したシオンが重力魔術を周囲一帯を対象として発動する。フルカは既に地に伏せており、動く様子がない。


「ぐうォォォォ!」


 全身に魔力を漲らせ、テュークは必死に抵抗する。体が軋み、今にでも地面に圧し潰されそうなほどの重力に必死で抗う。


 耐久戦は不利と判断して、テュークは魔術を紡いだ。


「『炎炎と燃ゆる業火は灰塵に。地に渦巻く怨恨は黒炎に。我が命ずる炎の化身よ。全てを燃やし尽くせ―無炎落陽』ッ!」


 対するシオンも限界だった。

 重力魔術を発動しながら、シオンも紡ぐ。


「『氷神の吐息。八寒地獄の罰。姿を成すのは銀世界。穿ち虚空を凍てつかせろ―凍獄烈波』ァ!」


 重力負荷の掛かっている領域にて、炎と氷が衝突した。


 爆風、轟音、衝撃、凍結、溶解。


 規模が大きすぎて言語化が不可能なほどの混沌。離れてその光景を目にしていたシルフィーネは呆然とするばかりだった。


 再び広がった白煙。


 時間の経過とともに無くなっていき、シオンとテュークの姿が現れた。


 シオンは片膝をつき、テュークは両足で立っている。このことから、シオンが敗北したとシルフィーネは思ったが―――。


「あ…」


 テュークは腹を氷槍で貫かれていた。対して、シオンに怪我らしい怪我はない。シルフィーネは心の底から安心し、シオンの勝利を確信した。


 だが、何かがおかしい。


 二人の姿が歪んで見える。


 心なしか、空間が歪んでいるように見える。


 その時、シオンはゆっくりと振り返った。



「シルフィーネ。必ず戻る」



 いつもの表情。

 いつもの声色。



 瞬間、シオンとテュークの姿が消えた。

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