第54話 二つの切り札

 銀の魔力がバチバチと反発し合い、銀髪が靡く。碧目を淡く光らせ、見据える先は大切な人に害を与えていた怨敵。


 魔術師の象徴であるローブを羽織らず、一つに結っていた銀髪は解けて波打っている。顔は無表情…いや、類を見ないほどに無表情だ。


「シルフィーネ。遅くなってごめんね。手間取っちゃった」


 いつもと変わらぬ声色でシオンはシルフィーネに謝る。背を向けながら言っているので、どのような顔をしているのかシルフィーネには分からない。しかし、纏っている魔力が波打っていた。


「ごちゃごちゃと戯言を言われたと思うけど…君が思い詰める必要はない。悪いのは帝国だ」


 呆然としながらシオンの背中を眺めるシルフィーネだったが、その言葉を聞いた途端、無意識に頬に雫を伝わせる。


「じゃあ少し待っててね」


 背を向けたまま、シオンは足を動かしてシルフィーネから遠ざかっていった。そんなシオンを見て、シルフィーネは何を思い、何を感じているのだろうか。


 シルフィーネの心内は彼女にしか分からない。だが、過ぎ去るその背中に安心感と頼もしさを覚えないわけがなかった。




「九百以上の奇獣兵がいたはずだけど…どうやってここまで来たのかなぁ?」


 変わらぬ狂気的な笑みを浮かべながらテュークは尋ねる。彼は九百以上の奇獣兵と帝国魔術師をぶつけて、シオンが死ぬかどうか五分五分だと思っていた。


 死んでも死ななくても、目的であるシルフィーネを殺せれば問題ない。しかし、こんなに早く切り抜けてやってくるとは予想外だったのだ。


「殺したに決まってんだろ」


 シルフィーネに対する口調とは正反対で、荒々しい口調でシオンは答える。いつものシオンだったらこのような口調にはならない。


 しかし、彼は非常に怒っていた。人生で初めて…いや、二つの人生でここまでの怒りと殺意を抱いたのは初めてだった。


 感情が昂ったことにより、も解けて頭がクリアになる。ただ、今は転生した目的などどうでもよい。


 人に興味がなかった自分が初めて壁の内側に入れた人物であるシルフィーネ。そんな彼女に害を与えた奴をただただ殺したいだけだった。


「隊長。やばいっすよこれ」


「うーん…確かにやばいけど…負ける気はしないよねぇ」


 まだ成長しきっていないシオンの体に纏っている魔力は異常だ。しかし、テュークは負ける気は毛頭なかった。


「――おい。ごちゃごちゃうるさいぞカス『氷槍』」


 暴言を吐きながらシオンは氷槍を二人に向かって飛ばす。シオンの額には青筋が浮かんでいた。


「そうだねぇ…もたもたしてるとお仲間が来ちゃうし、始めよっかァ!」


 魔力を渦巻かせて数多の炎槍をシオンに飛ばす。

 当然ながらシオンは全て冷気で相殺した。


「死ねよ」


「はははっ」


 少し前まで静寂が支配していた空間が、氷と炎で入り乱れる地獄のような空間へと一瞬で変化した。そこらの実力者では到底踏み込むことが出来ない。許されるのはシオンやテュークと同等の実力を持つ者だけ。


 シオンは降り注ぐ魔術を迎撃、時には反撃しながら姿なく近寄ってくるフルカにも気を配らせる。やっていることは先程までのシルフィーネと同じだ。しかし、規模が明らかに違う。


 さながら化け物同士の戦いといったところか。


 空を飛びながら炎の雨を掻い潜り、広範囲を凍結。抵抗するために轟轟と燃え盛る炎で融解。詠唱、手振り指折り、ただ相手を殺すためだけに放たれる魔術は鋭利に空気を突き進む。


 魔力と魔力が衝突し合い、周囲に木霊する不協和音。特にぶつかり、時に離れ、全身の一つ一つが相手を殺すための凶器。


 片や呼吸に冷気が帯び、片や呼吸に熱気が帯びる。持ちうる手札を惜しみなく殺意と共に用いていく。


「『咲き連ねろ―氷連花』」


「『解放せよ―爆散』」


 シオンによる相手の魔力に反応して咲かせる氷の花をテュークは爆発で粉砕。宙に氷片が舞い上がり、炎の明りによってキラキラ輝く。


 背後から姿を現したフルカに後ろ蹴りを食らわせ、足元に展開した障壁を足場にして跳躍する。すぐ下を炎が通り、飛翔の魔術を使って再び空へ舞い上がった。


「ぐっ…!」


「あぁ…!」


 互いの領域を取り合うように魔術を放ち続ける。客観的に見れば現時点では互角だ。しかし、徐々にシオンが押されているのも確かだった。


 空間を凍てつかせ、氷槍で貫き、気流の刃で切り刻む。炎で融解し、炎槍で相殺し、魔術の起こりを察知して躱す。


 一番いやなタイミングで姿を現すフルカ。例え攻撃の意図が見えなくても視界に映るだけで意識を割かなければならない。


 一つ。


 シオンは一つ呼吸をして二人と距離を取った。


「本当は使いたくなかったけど…特別に見せてやるよ」


「ふぅん?」


 僅かに弛緩した空気の中、シオンは手をぶらぶらさせて言う。そして、徐に右手を虚空に伸ばして呟いた。


「『来い―白銀杖』」


「それは―――ッ⁉」


 実戦で使うのは七年ほど前のスタンピードぶりだろう。あまりにも強力で、あまりにも異質で、あまりにも希少なこの武器。


 奥の手の中でもとびっきりのもので、これを見せた相手は必ず殺すと決めた時の為に用いるものである。


 また、テュークが驚愕の顔を浮かべたということは、彼はこの武器が何なのか理解しているのだろう。しかも、シオンが知らない情報まで知っているのだろう。


「更にこんなのもあるぞ」


 未だに驚愕しているテュークを無視してシオンは再び呟く。


「『歪め―重撃』」


「ぐっ…⁉」


 テュークに掛かっている重力が一気に五倍へと変化。空に浮かんでいたテュークはバランスを崩して落下した。


「ふぅふぅふぅ…」


 流石は化け物の一人。シオンによって掛けられていた重力魔術を、体全体に魔力を巡らせて無理やり破壊した。


 だが、決して無傷ではない。そもそも人は急激に高重力に晒されると、血流によって体内にダメージが生じる。現在進行形でテュークが光魔術を使っているのは、その損傷を治癒しているからだろう。


「何をしたのかな…?」


 無理やり笑みを浮かばせてテュークは尋ねる。口端から血が流れているので、胃や食道を損傷したのだろうか。


「教えるわけないだろ。知らないまま死ね」


 白銀杖を地面に突き立て、紡ぐ。


「『氷界から呼ばれし四つの格子。千歳の終日を封じる重厚な牢。顕現せよ封緘せよ。我が命は汝の暁光を遮断する―離界氷牢』」


 瞬間、テュークを中心とする四方に氷柱が出現。その四つの氷柱は凄まじい勢いで互いの間隔を閉じる。響き渡る轟音、伝う衝撃、辺りに氷片が舞う。


 この魔術は基本的に閉じ込めた相手を氷漬けにするものなのだが……。


「流石に簡単には終わらないか」


「やってくれたねぇ…!」


 四つの氷柱が吹き飛び、冷気の中から出てきたのは全身に霜が付着したテュークだった。恐らく、咄嗟に炎で身を包み、氷漬けを回避したのだろう。


「来いよカス」


「うるさいねガキがァ!」


 再び始まる魔術の応酬。

 空は茜色に染まり、もうすぐ日が暮れる。


 終結は近い。







――――――――――――――


この章も後数話で終わります。

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