第53話 「おい。何してんだよ」
シオンが焦燥感を抱いている頃、シルフィーネは空を駆けていた。突如現れた姿を消す男と魔術師の二人。どちらも相当な実力者で、シルフィーネ一人で対処できる相手ではない。
周囲の王国魔術団の魔術師が双方の間に入って守ろうとするが、いとも簡単に殺されていく。魔術師が使っている属性は火属性。シルフィーネの得意な属性と同じだが、練度は相手の方が数段上だ。
「『穿て―業火砲』っ!」
シルフィーネは両掌を前で交差させ、渦巻く業火を発射させる。虚空を唐紅の炎が照らし、一直線に魔術師へ向かった。
相手の魔術師は避けようともせず、シルフィーネが放った業火砲が直撃する。普通なら全身が炭化するだろう。だが、当然ながらその程度で死ぬわけがなかった。
「危ない危ない…やっぱり危険だねぇ」
爆風の中から出てきたのは無傷の魔術師。何事もなかったかのように振る舞う態度に、シルフィーネは底知れぬ恐ろしさを感じる。また、纏っている雰囲気と魔力が重く押しかかっているような幻想を覚えた。
一瞬呆けるシルフィーネだったが、気を取り直して魔術を唱えていく。爆炎、獄炎渦、炎槍……。ありったけの魔術を行使し続ける。対して相手の魔術師も魔術を発動し、全てを相殺する。
炎と炎が衝突し、極度の高温によって陽炎が一帯に発生した。歪む景色、僅かに狂う方向感覚。されどシルフィーネは魔術の手を止めない。恐怖や不安を踏みつぶし、堂々とした姿で立ち向かう。
「―――っ何なのよあんたは…!」
打開策が見えない状況の中、シルフィーネは叫ぶ。これは相手に対する質問というより、独り言に近い。
「ああ、自己紹介がまだだったね」
余裕そうな表情を浮かべながら魔術師は口を開く。
「僕の名前はテューク・ガルムルク。よろしく。まっ、もうすぐさようならすると思うけどねぇ!」
狂気的な笑みを浮かべながらテューク手を振り下げる。まるでこの世界を照らす恒星のような炎の塊が、シルフィーネに向かって落下した。
何の仕掛けもないただの炎の塊。しかし、単純であるからこそ威力が容易に想像できる。直撃したら…いや、近くで爆発しても命が危ない。
「『奈落の焔。怒りの業火。冥府の鬼火。集いて成すは煉獄。我が敵を灰塵と化せ―煉獄災波』ッ!」
炎には炎を。最大威力には最大威力を。詠唱を紡ぎ、右掌を前方に向ける。刹那、深い深い
業火砲より高温、業火砲より高威力。煉獄災波と炎の塊は衝突し、熱気と爆風が周囲に弾ける。数秒後、均衡が崩れて煉獄災波が炎の塊を貫いた。
凄まじい熱気が周囲へ広がり、爆風が体を揺らす。空を飛んでいる王国魔術師の何人かが体勢を崩してしまっていた。
「すぐに警戒…」
小さく声に出しながらシルフィーネは周囲を警戒する。何百回と繰り返していたシオンとの手合わせから、大技の後に気を緩ませてしまうのは危険だと理解していた。
テュークの位置を把握、王国魔術師の位置も把握。あとは姿を消す男だけ。しかし、周囲を見渡しても一向に見つからない。
「………っ」
体が反応した。
勝手に体が反応して、シルフィーネは爆風で自分の体を吹き飛ばした。
揺れる内臓と回る景色。だが、視界の端に映る虚空から姿を現した男を見て、自分の選択が正しかったとシルフィーネは思った。
「隊長ー。あの王女サマ、中々強いっすね」
「そりゃあねぇ。契約者なんだからこのくらい強くて当たり前だよ」
姿を消す男、フルカとテュークは言葉を交わす。呼吸が荒れる中、シルフィーネは契約者という言葉が気になった。
しかし、それを気にし続ける余裕はない。魔力は残り僅かなので、封印を解かなければいけないし、体力自体も限界を迎えている。
「『―解錠―』」
イヤリングに触れながら言葉を紡ぐ。すると、魔力の激流が体中を走り、体内で渦巻き始めた。これでしばらく魔力切れの心配はない。
「うわっ、あれが例の魔道具っすか」
「みたいだねぇ……本当に面白い…」
瞬間、シルフィーネから数多の魔術が二人に向かって放たれた。その魔術をテュークとフルカはそれぞれの方法で防御。再び交戦が始まった。
集中の海に深く深く潜り、蓄積されてきた経験を総動員してシルフィーネは魔術を繰り出していく。本人は気づいていないかもしれないが、単純な戦闘力では師であるフィオナを超えているかもしれない。
炎で空間を彩り、爆発で音を奏で、空中でぶつかり合う。誰一人として双方の間に入れる者はおらず、一帯はある種の劇場と化していた。
「『落獄』っ!」
「『焦天』」
シルフィーネが赤黒い炎の渦を落下させ、テュークがその全てを消滅させる。
「『炎牙』!」
「『停鎖炎』」
何度も何度も数多の魔術がぶつかり合い、死角から攻撃してくるフルカに捕まらないためにシルフィーネは高速移動を常に行う。
栓が外れた貯水槽のように、魔力がどんどん減っていく。戦況も徐々に追い詰められていて、喉元に刃を突き付けられるのは時間の問題だった。
熱気で視界が濁り、喉が枯れる。
疲労で手足が痺れ始め、呼吸に雑音が混じる。
詠唱が拙くなり、手振りがぎこちなくなる。
確かに、瞬間的な実力に関しては拮抗している。しかし、継続的な面に目を向けるとテュークに軍配が上がった。
理由は単純で、ただただ地力が違うだけ。まだ十六年しか生きていないシルフィーネとは違い、テュークは三十年以上生きている。
地力という曖昧ながらも確かな部分。もちろん、フルカという存在も大きい。だが、それを考慮してもシルフィーネはテュークより劣っていた。
「ぐっ――!」
爆風をまともに受け、シルフィーネは地面を転がりながら着地する。砂が体にまとわりつき、とても王女の姿ではない。
汗を拭くために額を拭うと、手に血が付いていた。知らぬ間に切れていたのだろう。汗と血で滲んだ掌を服に押し付け、震える足に力を入れて立ち上がる。
「頑張るねぇ」
テュークが少し離れた位置に降り立つ。なぜか攻撃する素振りがなく、シルフィーネは身構えながらも戸惑った。
「さて…そろそろ終わりにしようか」
来る。
そう思ってシルフィーネは体を固くする。
「あー…そうだ。死ぬ前に教えてあげるけど、この戦争の目的は君なんだ」
「は…?」
唐突な言葉にシルフィーネは呆けた。今回の戦争を仕掛けてきた目的は、自分だということが信じられなかったからだ。
「わたし…?」
「そうそう!これだけ用意周到にしたのも君を殺すためなんだよねぇ」
「な、何で…」
「君が契約者だから」
再び聞こえる契約者という言葉にシルフィーネは眉を顰める。契約者という言葉自体の意味は分かるが、何を指すのかは分からない。
「だから四年前に君の所に暗殺者を送ったんだ。まっ、案の定殺せなかったけどねぇ」
固まるシルフィーネに構わずテュークは続けた。
「一昨日かな?キデラ城砦から離れてたジルっていう子も今は川の底だろうし」
「ぁ…」
「つまりまぁ…君のせいで万単位の人が死んだってことだね!」
狂気的な笑顔を浮かべながらシルフィーネの精神に傷をつけていく。この場に誰かがいたら馬鹿なことに耳を貸すなと言えるだろう。
しかし、まだ十六歳であり王族としての意識が高いシルフィーネを追い詰めるには、これ以上ない言葉だった。
「あ…ぁ…」
押し寄せてくる自責の念と罪悪感。それら全てが虚構だったとしても、今のシルフィーネには関係ない。
自分を殺そうと近づいてくるテュークから逃げることもできない。シルフィーネの心は限界だった。
「じゃあね。可哀そうな王女サマ」
轟轟と燃える火球がテュークから放たれ、シルフィーネを飲み込んだ―――。
瞬間。
「おい。何してんだよ」
銀氷が火球を消滅させ、氷槍がテュークとフルカがいる一帯を貫いた。
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