第6話 辿り着いたのは国境
「では情報交換をしましょう」
長机を囲むように、ゼルダスとシオン達四人が座った。
「偵察からの報告では敵の軍勢は凡そ八万。その中で歩兵が四万から六万ほどなのはわかっています」
ゼルダスが口火を切る。
「進軍速度は然程速くなく、国境線であるフシャル平原に二日後に姿を現すでしょう」
その言葉に一同ほっとした。
シオン達はハーデン辺境伯領に辿り着いたとはいえ、後続の補給部隊などはまだ辿り着いていない。
その状況で戦争の火蓋が切られたら圧倒的に不利になってしまう。
だから最低でも一日の猶予があるのは僥倖だった。
「二日後…念のために一日後だと思った方がよさそうね」
シルフィーネは体の力を抜きながら話す。
五日間に及ぶ行軍に心身ともに疲れたのだろう。
「殿下、この場は我々だけでやっておきますから休まれたほうがよろしいかと」
今まで存在感が薄かった魔術師団長―フォルスが、シルフィーネを案じて言った。
「別に大丈夫よ。それに仮にも私は軍を率いる立場なんだから甘えられないわ」
その提案をシルフィーネは拒否する。
「シルフィーネ。フォルスさんの言う通り取り敢えず休もうよ。無理して体調崩したら元も子もないし」
そんなシルフィーネを見かねてシオンは説得しようとした。
くだらないことで意地を張って体調を崩すなんてことをしたら、シオンの言う通り元も子もない。
それに、正直言ってしまえば今ここでシルフィーネが会議に参加する必要はないのだ。
「でも…」
シオンの言葉を聞いてもなおシルフィーネは休もうとしない。
そんな頑固なシルフィーネにシオンは苦笑いをした。
「まったく…こういうとこで頑固なのよくないとこだよ。ほらさっさと休もう。ゼルダスさん、部屋に案内してもらえますか?」
シオンはもうシルフィーネの返事を聞かずにゼルダスにお願いをする。
「ははっ、相変わらずだね君たちは…シオン君、殿下の事頼むよ」
幼いころから変わらない二人の様子にゼルダスは笑みを浮かべる。
そしてドアの横に控えていた使用人が、不貞腐れるシルフィーネとそれを引っ張るシオンを部屋に案内した。
***
「はぁ…そろそろ機嫌直してよ」
シオンはベッドに寝っ転がって不貞腐れているシルフィーネを見て溜息をつく。
部屋に案内差れてかれこれ三十分。
シルフィーネはずっとこんな調子だった。
埒が明かないので、シオンは椅子に腰かけながら持ってきた本に目を通し始める。
フシャル平原を含む国境の地理。
戦争において有効な戦術、戦略。
王国と帝国両者の歴史。
これから行われる戦争において使えそうな知識を片っ端から頭に入れていく。
何せ戦争は初めてだ。
どのような情報が役に立つのか分からないので、手あたり次第読み込んでいた。
どれくらい時間がたったのだろうか。
静まり返る部屋。
その中で、シオンは興味深い内容を見つけた。
「魔族…人を魔族に変える実験…?」
シオンは呟き、眉を顰める。
「記載は…百年以上前か」
シオンが読んでいる内容は、帝国で昔に行われていた実験についてだ。
実験の概要は至って単純。
人を人工的に魔族の体に変化させるというもの。
魔族は基本的に数こそ少ないが人間より強いと言われている。
だからこの実験の目的は凡そ推測できるが……
「人体実験ねぇ…」
シオンは本から目を離し、背もたれに寄りかかって顔を天井に向ける。
人体実験と聞くと悪いイメージを持つと思うだろう。
ただ、文明の進歩の中で人体実験というのはどうしても付いて回るものなのだ。
ただ、この人を魔族に変えるというものは、高尚な目的があったとは到底思えない。
一つ深呼吸をして脳を切り替える。
「ん?」
シオンは不意に立ち上がり、シルフィーネがいるベッドを覗き込んだ。
「なんだ。寝てるじゃん」
シルフィーネは何時の間にかベッドで寝ていた。
そして、シオンは改めてまじまじとシルフィーネの顔を至近距離で見つめる。
雪のような肌、長い睫毛、桜色の唇。
炎のような長い髪がベッドに広がるのは一種の芸術のように思えた。
「相変わらずお顔がよろしいな」
幼いころから見続けてきたからか、シルフィーネの顔に対して何も思うところがなかった。
その時、シルフィーネの両まぶたが少し開く。
「んん……」
寝ぼけているのか、口からくぐもった音を出し、目がトロンとしていた。
「……ん?」
だが、次第に目が見開いていく。
「………」
「やあおはよう」
瞬間、シルフィーネの顔が赤く染まった。
「―――っ何してるのよバカ!」
「ぐげっ」
次いでシルフィーネの拳がシオンの左頬にクリティカルヒット。
シオンは呻き声を上げながら崩れ落ちた。
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