第7話 三人寄れば文殊の知恵

 シオンがシルフィーネにぶん殴られている頃。

 ゼルダス達三人は帝国との戦争における情報共有を行っていた。


「帝国兵十万に対して王国六万か…」


 紙に記された凡その戦力に目を通しながら魔術師団長のフォルスは呟く。


 そもそもの人口が帝国の方が多いので、王国が数で負けているのは当たり前。


 問題なのはそこではなかった。


「魔術師の数が多いな」


 直接見ていないので正確な数は分からないが、そこに記されているのは五千前後。


 ここにきている王国の魔術師団員の数は二千。

 魔術師団に所属していない野良の魔術師もいるが、それを加えても五千には届かない。


「一人一人の実力はうちのほうが上だと思いますが…一流に満たない魔術師でも使いようではかなりの脅威になりますからね」


 フィオナは戦争における魔術師の役割を思い出しながら言う。


「そうだ。帝国と王国の魔術師が正面からぶつかればうちが勝つのは当たり前だが……歩兵に向けられたら厄介になる」


 歩兵とは魔術がほとんど使えない兵士だ。

 これが騎士であったら、魔術師と相対しても勝機は全然ある。


 だが、魔術の使えない歩兵が魔術師と相対した場合において勝利を掴むのはほぼ不可能に近い。


 ゼロ距離での勝負なら可能性はあるかもしれないが、ある程度の距離が開いていたら一方的に殺される。


 だから魔術師の質で王国が勝っているとしても、使いようによっては王国側が不利になるのだ。


「そこは常に偵察を飛ばして動向を確認するしかないでしょう。取り敢えず今は全体の戦略を考えないと」


 話の線路がずれていたので、ゼルダスは口をはさんで軌道に戻す。


「そうだったな」


「そうでした」


 三人は改めて様々な情報が書かれている書類を眺める。


「そういえば先程フシャル平原に姿を現すと言っておられたが……実際に戦場とするのはどこを考えているのだ?」


 机に並べられた書類を見ながらフォルスはゼゼルダスに尋ねた。


「そうですね…私は今回いくつか戦場が分かれると思ってます」


「というと?」


「今回の戦争は八万対六万の規模が大きいものです。なので一般的に考えて一か所だけで戦うことはしないかと」


 ゼルダスは徐々に色褪せてきた金髪を捻じりながら言う。


「まあそうだろうな」


 帝国と王国の国境は一か所だけ通れるようなものではない。


 だから、数の利を生かして複数個所から侵攻するのは自明の理だった。


「私が想定している戦場は…キデラ城砦、フシャル平原、モールゲン湿地の三つです」


「キデラ城砦とフシャル平原は理解できるが…何故モールゲン湿地を?」


 フォルスは疑問を示す。

 が、直ぐ何か気が付いた顔をした。


「…ああなるほど。モルガン王国か」


「ええ。その通りです」


 モルガン王国はモールゲン湿地を挟んだ反対側にある小国だ。

 

 周囲が森に囲まれているので国土面積は広くなく、兵力も少ない。


 それでも未だに滅ぼされていない要因は、モルガン王国を囲む森にある。


 正面にはモールゲン湿地、右方には高い山脈、左方には魔の森ほどではないが強力な魔物が闊歩している森。


 このことから分かる通り、侵略するにしても辿り着くまで非常に面倒くさいのだ。


 それに戦争を吹っかけてくることもないため、今日まで滅ぼされずにすんでいた。


「すみません。何故モルガン王国が出てくるのですか?」


 フィオナは理由がわからず二人に尋ねる。


「ああ、それは帝国がモルガン王国を占領したら面倒なことになるということだ」


「え?そんないきなり……いや、帝国ならしても可笑しくないですね…」


 一瞬あり得ないと思ったフィオナだったが、帝国の暴虐無人っぷりは知っているため納得した。


「帝国が数の有利を生かしてモルガン王国を占領した場合、王国はかなり不利になる」


「侵攻経路が増えるからですね」


「ああそうだ。だから三国が接しているモールゲン湿地を死守しなければならない。ということであっているかな?ゼルダス殿」


 フォルスは黙っていたゼルダスに聞く。


「ええ、その通りです」


「うむ。ならばこの三つで話を進めよう」


 フォルスは無精ひげを撫でながら言った。


「湿地帯と山場は地形的に配置できる兵種が限られる。そこから逆算していった方がよさそうですね」


「そうだな…だがうちは数で不利だ。正面で戦う以外にも奇襲を用いることも考えなければならない」


「飛翔魔術が得意な魔術師で奇襲するのは?」


 フィオナが意見を出す。

 確かに、空を飛べる魔術師は身一つで障害のない空を飛ぶことができるので奇襲には有効だ。


「他に何もなければありだが…相手も確実に警戒してるから難しいな」


 帝国も恐らくその奇襲を警戒して各地に魔術師を配置しているだろう。


「それをするなら帝国の目を引き付けるほどの何かがないとですね」


 帝国が気を取られた隙に……


 という形ならまだ可能性はある。


「というか基本に倣って相手の兵糧を狙いませんか?」


 ゼルダスが提案する。


「兵糧場所は分散されていると思うが?」


「別に大幅に相手の兵糧を減らす必要はありません。いくつか襲撃し…少しでも行軍が遅くなったりすればいいです」


「くくっ…徹底的に相手の嫌がることをするつもりか」


「戦争だって一種の勝負事です。何が要因で勝負が決まるかわかりません。なのでひたすら嫌がらせをしてやりましょう。勿論危険性は抑えたうえで」


「ゼルダス殿…あなたは見かけによらず良い性格をしておられるようだ」


「そうでなければこんな国境の領地なんて放り投げていますよ」


 カイゼルと違い、ゼルダスは策略家タイプの人間だ。


 そんなゼルダスだからこそハーデン辺境伯が務まるだろうなとフィオナは思った。


「では計画を煮詰めていこうではないか」


「そうしましょう」


 夜遅くまで三人による話し合いは続いた。

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