第5話 王都からの出立
「ねえシルフィーネ。魔術で飛んで行っちゃダメかな」
「ダメに決まってるじゃない」
「だよね…」
シオンは馬に揺られながらボーっと代わり映えしない景色を眺める。
見渡す限り草原草原草原。偶に木。
戦地に赴くために国を出立してからずっとこの景色だった。
この行軍の速度は時速七キロほど。
仮に騎兵だけだったらもっと早くできるが歩兵や補給部隊もいる。
そのあたりを考慮すると時速七キロが限界なのだ。
ということから、シオンが魔術で空を飛んで行った方が遥かに効率がいい。
だが、仮にも一時的に軍に所属する身でそんな自分勝手なことが許されるはずがなかった。
「シオン。これも一種の訓練だ」
シオンの前を進んでいたフィオナが振り返ってシオンに言う。
「まあ確かに忍耐は鍛えられますけどね…」
シオンは何時もとは違うフィオナの姿を目に映しながら答えた。
教師の時の服装とは打って変わって、がちがちに戦闘用の服を着ている。
シオンは初めてその姿を見たので新鮮さを覚えた。
「フィオナ先生的に何か気を付ける事ってあります?」
「それは戦場に立つにあたっての話か?」
「はい」
フィオナは目線を斜め上に向けながら考える。
そして馬をシオンの横で走らせながら口を開いた。
「まずは兎に角冷静さを失わないことだな。戦場では基本的に冷静さを欠いた者や注意散漫な者から死んでいく」
フィオナは自分の実体験から語っていく。
「冷静さを失わない。シルフィーネもそうだが…実際に命の奪い合いを経験しているお前たちにとっては簡単に聞こえるかもしれない」
シオンとシルフィーネは四年前の暗殺者襲撃事件から始まり、フィオナ監修の元、盗賊討伐など殺し合いの経験を一通りしていた。
だが、戦争というのは少し違う。
「これは経験した者にしか分からないが…戦争はただ人を殺せばいいようなものではない」
フィオナは思い出す。
自分の初陣でもあったキデラ城砦防衛線。
千単位の戦場ではあったとはいえ、自分は最初うまく動けなかった。
「戦争は…死が隣り合わせで狂気が渦巻いているものだ。だから戦場には異様な空気が漂っている。その空気に飲まれる者は多い」
フィオナは続ける。
「だから決して飲み込まれるな。そしてもう一つ…覚悟しておいた方がいい」
「覚悟?」
「ああ。人はすぐに死ぬ。昨日笑いあった奴、家族が待っている奴、友人、知人、関係なくすぐに死ぬ」
フィオナはあの時の記憶が蘇った。
悲しく、悔しく、憎くて忌々しいあの時の記憶。
自然に手に力が入る。
「…先生?」
「いや、何でもない……つまり私が言いたいのは万が一の覚悟を持っておけということだ」
フィオナはそこまで言って元の場所に戻った。
そして、その時のフィオナの顔は無表情だったが、シオンには酷く憎悪に溢れているように見えた。
***
帝国との国境という物騒な地域にあるハーデン辺境伯領。
シルフィーネを筆頭に、シオンとフィオナ、そして事実上の指揮官である魔術師団長がハーデン城に入った。
城と聞くと大層なものだと思うかもしれないが、実際の大きさはそこまで大きくない。
ただ、帝国に攻められた時、少しでも時間を稼ぐことができるように城のような形になっているのだ。
「お久しぶりです王女殿下。わざわざお越しいただき感謝します」
丁寧に礼をするのはハーデン辺境伯家当主であるゼルダス・ハーデン。
筋骨隆々ではないがしっかりと筋肉が付いて、四十を過ぎているのに衰えを感じさせない。
「別に公の場ではないから堅苦しくなくていいわ。それより早く情報交換しましょう」
「分かりましたシルフィーネ様。後ろのお三方もこちらに」
シオン達四人はゼルダスに案内され、会議ができる部屋に向かった。
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