第4話 互いの夜
「―――ってことで三日後、俺は戦争に行く」
暗くなった部屋。
灯りの魔道具の傍らでシオンはカイゼルに事情を話した。
「何で…シオンが行かなくても…いや、シルフィーネが行くならシオンは当然行くよな…」
カイゼルはシオンの初めての友達だ。
当然シオンとシルフィーネの仲は知っていた。
「危険はないのか?」
不安そうなカイゼルの目がシオンを見つめる。
「危険はない…って言いたいところだけど危険はあるだろうね」
戦争に行くのだ。
危険が何一つない状況なんてありえない。
「ただ、俺はシルフィーネに同行するから比較的安全だと思う。シルフィーネは王女だから絶対に安全な場所に置くだろうし」
「まあそうだよな…」
シルフィーネが軍を率いるといっても、何も先頭に立って出撃するわけじゃない。
できるだけ危険な状況に陥る確率を減らすために安全な場所に置くのが定石だ。
「だからカイゼルは安心して…は無理だと思うけど、あまり心配しないで欲しいな」
「心配すんなって言うのは無理だなぁ…っていうかこれマリナにも言ったのか?」
「俺は言ってないけど…多分シルフィーネが言ってるんじゃないかな?」
時間的にマリナに伝えることができなかったが、シルフィーネはマリナと同室なので話しているはずだ。
「にしても遂に戦争か…いずれ起こるかと思ってたけど大丈夫かな」
カイゼルがベッドに寝転びながら呟く。
「帝国の戦力が大体八万、こっちが六万だから不利ではある。ただ、質はうちが勝ってると思うけどね」
「確か帝国兵って練度が低いんだっけ」
「それもあるけど帝国って徹底的な身分社会だからさ、優秀な人とかが集まりにくいんだよ」
王国も、王族貴族平民と身分社会ではあるが実力があれば上に行くことは可能だ。
だが、帝国はそうではない。
いくら優秀でも平民は平民より上に行けないし、貴族はいくら無能でもそこそこの地位につける。
人口は帝国の方が多いので、必然的に兵の数も多くなるのだが質は今一つ。
王国の方が質は良いのだ。
「あー…これを言うのもあれだけど、うちみたいに実力主義にすればいいのに」
「まあそうなんだけどね。ただそれをすると無能な特権階級の人間の立場がなくなるから変えないんじゃないかな。結局保身だよ」
実力のある特権階級の人間ならいい。
実力主義になっても自分の立場は変わらず、周囲に優秀な人間が増えるだけだ。
だが、無能なくせに血筋とコネだけで不相応な地位にいる人間にとっては厄介極まりない。
「後、帝国はかなりの身分差別があるみたいだね」
「貴族である自分は特別な人間で平民とか奴隷は家畜同然っていうやつ?」
「そうそう」
王国にも自らを特別だと思っている人間はいるが、それはあくまで貴族らしいという範囲で留まっている。
帝国は貴族や皇族以外は下等な存在だと本気で思っている貴族が大多数だ。
恐らく幼いころからの環境と教育でそのような人間が出来上がるのだろう。
「はぁ…何年ぶりの戦争なんだっけ?」
「九年前のキデラ城砦防衛戦だね。ほら、フィオナ先生が異名をもらったやつ」
「ああ、それかー。でも規模としては小さかったよな」
「そうそう。あの時は数千人規模だったからね。今回は数万規模だから全面戦争と言えるかな」
キデラ城砦防衛戦では所謂小競り合い。
だが、今回は両者共に万の軍勢での戦争なので前回より激しいものとなる。
「三日後か…何かあったら遠慮なく言ってな」
「もちろん。頼らせてもらうよ」
カイゼルがベッドに寝転がり、シオンは椅子に座って笑い合う。
灯りに映るのは、初めて会った時から変わらぬ関係のシオンとカイゼルだった。
***
「せ、戦争…⁉そ、そんな…」
女子寮のとある一室。
シルフィーネから粗方詳細を聞いたマリナは顔面蒼白になっていた。
「落ち着いて、戦争に行くって言っても私はそんな危険な場所に配置されないわ」
シルフィーネは慌てるマリナに落ち付いた声で話す。
「それにシオンも、フィオナ先生も付いてきてくれるのよ」
「シオンくんですか?」
シルフィーネの言葉にマリナは目をパチクリさせた。
「ええ、本当は危険だから付いてきてほしくなかったけど……シオンがどうしてもって言うから…」
シルフィーネは不満そうに言う。
「でも何だか嬉しそうですね」
「う、嬉しそう?そんなはずはないわ」
「いえ…お顔が緩んでいたので…」
「へっ⁉も、もうこの話はなし!」
シルフィーネは両手を頬に当てながら俯いて叫ぶ。
俯いているのでどんな顔は見えないが、両耳が赤く染まっているのでどんな顔をしているか容易に想像できた。
シルフィーネが俯くこと数十秒。
ようやく彼女は顔を上げ、一つ咳払いをして続けた。
「だからそんなに心配する必要ないわ」
「……」
「もうマリナ、そんな顔しないで」
シルフィーネはマリナに近づき、小さな体を抱きしめる。
「大丈夫よ。私は必ず帰ってくる。約束するわ」
「絶対ですよ…?」
「もちろんよ」
シルフィーネは腕の中の温度を感じながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
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