第2話 急報
日が傾き始めた頃。
シオンとシルフィーネは満足のいくまで模擬戦をして、訓練場を後にした。
「流石にもうフィオナ先生は帰ってきたかな?」
「結構時間たってるし、いるんじゃない?」
シオンが昔に創った魔術で体を綺麗にしているので汗臭さは全くない。
以前、この魔術をシルフィーネに言うのを忘れて烈火のごとく怒られたのが懐かしい。ただ、シルフィーネは水魔術は苦手なので何時もシオンが魔術をかけているのだが。
夕焼けに染まり始めた空を背に歩いていると、二人の前に手紙がふわりと飛んできた。
「あ、学園長からだ」
原理は分からないが、学園長が生徒に連絡するときはこの手紙を用いることが多い。
手紙の操作は風魔術だと見当はつくが、どうやって個人を識別しているのかシオンは未だにわからなかった。
「なんて書いてあった?」
シルフィーネが手紙を読んでいるシオンに聞く。
「なんか学園長室まで来るようにってさ」
「え?急にどうしたのかしら…」
急な招集に二人は疑問を浮かべる。
学園長からの連絡は今までもあったが、急に招かれたことはなかった。
「まあ行こうか」
「そうね…」
悩んでいても仕方がないので二人は早速向かうことにした。
「失礼します」
学園長室のドアを叩いて二人は部屋に入る。
部屋には学園長であるマーリンと担任のフィオナが居た。
「あれ、フィオナ先生も?」
シルフィーネはフィオナを見て呟く。
「急に呼び出してしまってすみませんね」
マーリンが椅子に座りながら穏やかに言う。
「いえ…大丈夫ですけど…」
部屋に漂っている異様な雰囲気。
シオンはすぐに感じ取り、内心眉を顰めた。
それにフィオナも心なしか険しい顔をしている。
これは何か良くないことでも起きたなとシオンは思った。
「ではフィオナ先生もいいかな?」
「はい」
マーリンは座ったまま目の前にいるシオンとシルフィーネ、そしてフィオナを一瞥して話し始めた。
「先程、帝国が我が国に対して軍を差し向けた、という報告がありました」
「「――っ!」」
シオンとシルフィーネはその言葉に目を見開く。
「我が国はすぐに国境の街に対して避難勧告をし、ハーデン辺境伯に詳細な情報を要求、常に連絡を取り合うようにしました」
ハーデン辺境伯。
シオンの脳裏にカイゼルの顔が浮かんだ。
カイゼル自体は学園にいるのですぐの危険性はないが、彼の父親はそうではない。
「て、帝国って…あのヴィルスト帝国ですか⁉」
「ええ、その帝国ですよ。いずれ戦争になるとは思っていましたが…予想より早かったですね」
シルフィーネの叫びにあくまで穏やかにマーリンは言う。
「それで…何で俺たちは呼ばれたんですか?」
戦争関連であることは明白だが、その詳細が分からないためシオンは聞いた。
「そうですね…まずシルフィーネさん…いや、ここは王女殿下とお呼びしましょう」
マーリンが敢て敬称である王女殿下と言ったということは、ここからの話は生徒の立場ではなく王族という立場でのことだ。
「もしかして…」
「分かっているみたいですね。そうです。王女殿下には軍を率いてもらわなければなりません」
その言葉にシオンは驚くとともに思い出した。
軍の士気を上げるため、格式のため、と理由は多々あるが王族が軍を率いるというのは古くから伝わる至極当たり前の王族の責務だ。
それにシルフィーネの魔術は既に生徒の域を超えている。
このことから分かる通り、ただのお飾りでもないので戦力としても十分期待ができるのだ。
「ではなぜ俺も…?」
シオンが尋ねるとマーリンは少し困ったような顔をしながら口を開いた。
「本来シオンさんには関係ないことです。ですが、少々困ったことに陛下が色々無茶を言いましてね…」
「無茶…?」
「ええ、何でも殿下の護衛として共に行ってほしいのだと。ただもちろんこれは強制ではなくお願いですけどね」
シオンはなるほど、と呟く。
できるなら万が一があった時の娘の護衛として行ってほしい。
それがギルベルトの思いだろう。
だが、シルフィーネに付いていくということは必然的に死ぬ可能性があるということだ。
これが行かなければならない理由があるなら別だが、シオンはそんな理由は何もない。
だから強制ではなく、お願いという形になっている。
「分かりました。行きます」
しかし、シオンの心は決まっていた。
「本当にいいのですか…?こんなことを言いたくはないのですが、死ぬ可能性があるんですよ?」
マーリンは改めてシオンに問う。
「はい。もし俺が危険な目に合うならシルフィーネも同じだと思います。それに戦力は多い方がいいはずです」
「…わかりました。そう言うなら特別に許可を出しましょう」
シオンの目に映る確かな決意を読み取ったのか、特に反対することなくマーリンは了承した。
「では、フィオナ先生」
「はい。私も二人についていきます」
「そうですか…まあそれがいいでしょう」
マーリンは諦めたように頷く。
フィオナも学園の生徒だったので、その頑固さはマーリンもよく知っているのだろう。
「フィオナ先生も来るんですか?」
シオンが聞く。
「当たり前だ。身分立場関係なく私は君たちの教師には変わりない。それに……」
「それに?」
「…いや、何でもない」
フィオナの言いかけた言葉が気になるも、シオンはこれ以上追及することなく納得した。
「勘ですが…今回は嫌な予感がします。歯痒いことですが私は学園の生徒を守らなければいけないので戦場には行けません」
マーリンは六星の一人だが、今は学園長という立場だ。
なので学園を守る必要がある。
「いいですか?何かあってもまずは自分の命を優先してください。立場身分いろいろ事情考えはあるでしょう。ですが命を落としたら元も子もありません。決して命を落とさないように」
マーリンは一人一人の顔を見ながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「「「はい」」」
三人はそれぞれ違う思惑を抱きながら、その言葉に頷いた。
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