短編3 フィオナとシルフィーネ(天才とは)

「結局は戦闘経験を積むのが一番早い」


 フィオナは空き教室で目の前に座っているシルフィーネに言った。


 暗殺者襲撃事件から一週間後。

 シオンにアドバイスを受けたシルフィーネは、早速フィオナのもとを訪れていた。


「シルフィーネ。君は私より明らかに才能がある。ただ、その才能を生かし切る技術や経験が足りないだけだ」


「え…」


 フィオナの言葉にシルフィーネは驚く。

 本気のフィオナの実力は見たことがないが、まず間違いなく自分より強いのは分かっていた。


 恐らくシオンと二人がかりで戦ってようやく五分、いやまだ足りないかもしれない。


「私も一応才能がある方だが名を残している者たちに比べると低い。それでも何とか肩を並べられているのは技術を磨いたからだ」


「技術ですか?」


「ああ、これは体験しないとわからないが……鋭く磨かれた技術というのは時には強大な力にも勝る」


 そこまで言ってフィオナは微笑して続けた。


「シルフィーネは今、その強大な力を十分に生かし切れていない」


「やっぱりそうですよね……シオンにも私の方が才能あるって言われて…」


 シルフィーネは少し落ち込んで、でもと続ける。


「何時もシオンに先行かれて私って才能無いんじゃないのかって思うんです」


 フィオナはそんなシルフィーネに驚いて目をパチクリさせた。そして手に持っていた湯呑を机に置いて姿勢を正す。


「シルフィーネ、言っておくが魔術師としての総合的な才能はシオンよりあるぞ」


「え?でも私シオンに全然勝てなくて…」


 その言葉にフィオナは首を振った。


「確かに素質と現時点での力量はシオンのほうが上だ。だが…何だろうな…魔術そのものを扱う才能はシルフィーネのほうが上だ」


 フィオナは目をつぶって言葉を選びながら話す。


「そうだな…理論型と感覚型といえばいいか。シオンが理論型。シルフィーネは感覚型だ。シルフィーネは魔術を使うときに感覚的に使っているだろう?」


 フィオナに言われてシルフィーネは思い出す。

 自分はどうやって魔術を使っていたか。


「そう、ですね…確かに感覚だと思います」


「これは持論だが…本物の天才というのは感覚型だけにいると思っている」

 

 今度はシルフィーネがフィオナの言葉に目をパチクリさせた。


「え、それで言ったらシオンはどうなるんですか?」


 シルフィーネから見て天才という言葉はシオンが一番合うと思っていた。だが、フィオナが言うには理論型であるシオンは天才ではないということになる。


「シオンは所謂天才という部類ではない。性質が私と似ているから分かる。彼は私と同じ思考して一つずつ積み重ねるタイプだ」


 豪気な性格のフィオナだが、実はかなりの理論型だ。そんな彼女だからこそ、同類がわかるのだろう。


「だが、私よりもずっと上だがな。本来理論型が感覚型に勝つのは難しい。だからシルフィーネ、シオンが君の上に立っているのは凄まじいことだ」


「そうなんですか…」


「で、君は感覚型の中でもその天才の部類だ」


「天才…?私が…?」


 急に天才と言われ固まる。

 シルフィーネはシオンという存在が居たので、自分が天才だとは欠片も思っていなかったし思えなかった。


「まあ人によって天才の定義は異なるから一概には言えないが…私の定義だったら君は間違いなく天才だ」


「ちなみに先生が考える天才の定義は何ですか?」


 シルフィーネが問うとフィオナは顎に手を当てて考えながら口を開いた。


「…先天的に授かった能力があり、且つ一の努力で十や二十といった結果を出せる、つまり成長速度が人より異常に早い人間。これが私なりの天才の定義だ」


 天才というのは才能があるか否かで判断できるものではない。


 例え才能があったとしても成長速度が普通ならただの才能のある人だ。


 そして天才は時代にも恵まれている。


 音楽がない時代に音楽の才能を持っても意味がない。それと同様に魔術がない時代に魔術の才能を持っても意味がない。


「なんだかよくわかんないです…」


 シルフィーネが難しい顔をするとフィオナは笑みを浮かべる。


「自分のことを理解することは難しい。まだ十二歳ならなおさらだ。これから成長するにつれて徐々に知っていけばいいさ」


 自分を知るということは思ったよりも難しい。

 大人であっても自分という存在を理解できていない人がいるくらいだ。


「そういえば…さっき先生は自分のことを理論型って言ってましたけど、感覚型の人もいたんですか?」


 シルフィーネはてっきりフィオナが感覚型だと思っていた。だが、当人から違うといわれたので不思議に思ったのだ。


「ああ…いたよ。シルフィーネと同じ感覚型で天才のやつが」


 フィオナは一瞬間をおいて遠い目をしながら話す。


「いた…?」


 シルフィーネはフィオナの言い方に引っかかった。

 いる、ではなく、いた。


 過去形になっているということは……


「そいつはもう死んじゃってね」


 シルフィーネはやっぱりと思うと同時に申し訳ない気持ちになる。


「先生すみません…」


「いや気にする必要はないさ。もう過去のことだ」


 そこまで言ってフィオナはすっかり冷めた茶を一口飲んで、話をつづけた。


「私がこの学園の生徒だった時次席だったのは知ってるだろう?そいつは私の同期で首席だったんだ」


「首席…!」


「で、さっきも言った通りそいつが私が初めて見た本物の天才だったっていうことだ」


 フィオナは思い出す。


 初めて見たときに受けた衝撃。

 自分が時間をかけて積み上げたものを一瞬で飛び越えていく様。


 当時は必死に努力をして手に入れたものを、何でもないかのように扱うその姿に激しく嫉妬したし怒りも覚えた。


 悔しくて悔しくて絶対に越えてやろうと努力をし続けてようやく手に入れたのは次席という結果。


 もちろん次席も素晴らしい結果だが、彼女の悲願であった天才を超えるということはできなかった。


 そこで彼女は今まで信じていたものが崩れていくのを感じたのだ。


 努力すればできないことはない。

 天才をだって凌駕できる。


 彼女を支えていた柱が折れてしまった。


「そこで私は思い知ったんだ。どれだけ努力しても…天才という神に愛されたかのような人間には勝てないってね」


「でもシオンは…」


「そう!それだよ!」


 突然大きな声を出したフィオナにシルフィーネは少し驚く。


「挫折したけど色々あって結局私は立ち直れたんだ。でも天才には勝てないという思いは変わらなかった。でも…そこにシオンという人間が現れた」


 フィオナは熱く語りだす。

 まるでそれは過去の憧憬を語っているように瞳は遠くを見ていた。


「初めはあいつと同じ天才の部類かと思った。けど実際に話してみてそうではないことは一瞬で分かったよ。ああ、これは私と同じ部類の人間だと」


 フィオナの勢いは変わらない。


「年齢に見合わない知識と立ち振る舞い、熟練の魔術師を想像させる魔術。研ぎ澄まされた思考能力。どれをとっても当時の私を優に超えていた。というか本当は大人じゃないかとさえ思ったよ」


「そうだったんですか?」


「ああそうさ、言っておくが君も同じだぞ?魔術の腕で言ったら当時の私よりも…あいつよりも上だ」


 そこまで言ってフィオナは落ち着いた。


 冷たくなった茶に口をつけ喉を潤す。


「まあつまり君たちはこのまま成長してくれということだ。そして初めの話に戻るが、君を個人的に鍛えよう」


「いいんですか⁉」


 シルフィーネは身を乗り出して目を輝かせた。

 そんな彼女の様子にフィオナは苦笑しながら続ける。


「それとシオンも今度連れてきなさい。二人一緒の方が効率よさそうだ」


「わかりました!」


 こうして無事?シルフィーネの弟子入りはシオンというおまけがつきながらも成功に終わった。

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