短編2 レイ・フォードレインの悩み事

 シオンとアルトが学園で模擬戦をしていた頃。レイ・フォードレインはストレスを溜めながらも慣れない執務に励んでいた。


「入るぞ」


 父のアレキサンダーの声がドアの外から聞こえて、部屋に入ってくる。


「父さんどうしたんです?」


 レイがいきなり入ってきた父に疑問を投げかけた。


「いや、流石にお前をそろそろ結婚させないといけないと思ってな」


「うわっ…」


 父の口から結婚という二文字が出てきてレイは顔を顰める。


「お前ももう十九だ。すぐに結婚しろとは言わないが…婚約者ぐらいいてもいいだろう」


「その話ですか…」


 レイはシオンの六つ年上なので今年で十九歳となる。まだ結婚しなくても大丈夫な年齢だが、それでも婚約者は居て当たり前。


 特に辺境伯家次期当主のレイに当たっては、家の存続のためにも居なくてはならないのだ。


 レイは今までそのような話をしたことも聞いたこともなかったので、両親は結構心配していた。


「何か理由があるのか?」


 貴族の一員としても父親としてアレクサンダーは心配をする。レイだって結婚ということが大切だということは理解しているはずだ。


 それでもなお、色恋の欠片も見せないレイに対して何か理由があるのではないかと考えていた。


「そうですね……」


 レイは手を止めて机に肘をつく。

 目を閉じること数秒。


 父の方へ顔を向けて話し始めた。


「父上…私は女性が怖いのですよ」


「怖い…?」


 アレキサンダーは息子のカミングアウトに怪訝そうな顔をする。


「私は辺境伯家という貴族の中でも位が高い家であり、その次期当主。両親に恵まれて文武両道。自分では言いたくないですが、外見もいい方でしょう」


「お、おう…」


「本当に言いたくないですが私は基本的に女性から好意を持たれます」


「まあそうだろうな」


 レイ本人は自画自賛をすることが凄く嫌いな節があるので、苦虫を嚙み潰したような顔をしながら言った。


 だがレイが自分自身に対する評価は間違っていない。贔屓目抜きで家族からもそう思われている。


 シオンに至ってはこんな完璧超人が実在するのかと驚いていたほどだ。


「私だって男ですから初めは女性に好かれて悪い気はしませんでした」


 レイだって男だ。

 女性に好かれて己惚れることはなかったが、悪い気はしなかった。


「ただ…何人もの女性と話している中で気づいたんです。ああ、この人たちは私を一つの装飾品としか見ていない。自分を飾り付けるためのものとしか見ていない、と」


「おぅ…」


「そこから私に近寄ってくる女性は全て眉目秀麗文武両道で辺境伯家次期当主の婚約者、というものを目当てにしているとしか思えなくなったんですよ」


 アレキサンダーは一気に胃が重たくなった。

 しかし同時に確かになとも理解した。


 貴族では政略結婚が当たり前。だから玉の輿を狙うのも十分普通のことだ。だが、それでもアレキサンダーとセリティーヌは恋愛結婚だった。


 レイはその二人を見て育ったので、女性からのそのような目に耐えられなかったのだろう。


「うーん…実際に全員それが目的だったのか?お前の内面も見てくれる人はいなかったのか?」


「どうでしょう…居たかもしれませんが、私が問答無用で拒絶していたからわかりません」


 本人はそう言っているが、レイは性格が良かったので明確に拒絶するのではなくやんわりと避けていたといったほうが正しい。


 それ故、特に両性から嫌われることなく学園生活を送れたのは僥倖だっただろう。


「今はどうなんだ?まだ信じられないか?」


 アレキサンダーはレイに尋ねる。


「どうでしょう…流石に学園の時よりはましだと思いますが、まだ信じられないと思います」


「なるほどなぁ…」


 アレキサンダーは頭を悩ませた。

 次期当主として結婚は絶対と言ってもいい。だが、無理やりさせても良いことは一つもないので慎重にいきたかった。


「一つ聞くが…お前の内面をしっかり見てくれる人だったらいいのか?」


「そうですね…高望みかもしれませんがそれが最低条件ですね」


 貴族の結婚というのは、まず結婚をしてそれから関係を深める。というのが通例だ。


 だからレイの、結婚もしていないのに内面をしっかり見てくれる人、というのは意外とハードルが高い。


 貴族社会では家の存続が第一優先となるので、血を残すのは義務となっている。だから、血を残すための結婚も自然と義務化しているのだ。


「わかった。そこらへんは俺が探そう」


「ありがたいですけど…無理しなくていいですからね。最悪弟たちに任せればいいし」


 レイがそんなことを言うとアレキサンダーは慌てた。


「いやいやいや。あの二人は駄目だ、絶対駄目だ。アルはよく考えずに事を進めるだろうし、シオンなんかは考えて分かっているのに面倒くさくなってやらない。あと魔術に没頭するから駄目だ」


「……確かに容易に想像できますね」


 レイもその光景を想像して渋い顔をする。


 二人共武力は相当だが、アルトはただ単に考えるのが苦手、シオンは面倒くさがり。そんな二人に当主を任せるわけにはいかない。


「では父上に任せます」


「おう。色々探し回ってくるから安心しとけ」


 アレキサンダーは自信満々に宣言した。


 基本的に異性から好かれるというのは羨ましいことではあるが、一概にもそうは言えない。レイのような立場ならなおさらだ。


 幸いにもアルトは鈍感なので気づかず、シオンは常にシルフィーネが横に居るので寄ってくることはない。


 だが、レイは鈍感でもなく誰か信頼できる女性が傍にいたわけでもなかった。


 レイが心から愛せる女性が見つかるのか。


 それは父親のアレキサンダーにかかっていた。

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