白銀ノ短編
短編1 兄弟は仲良く戦う
アルト・フォードレインという男は自他ともに認める大の戦闘好きだ。相手の力量が高ければ高いほど興奮するし、それに勝った時に得る快感は病みつきになる。
高ランクの魔物との命の削り合いや学園の強者との模擬戦。
数多もの戦闘を経て学園で四年生になる頃には同年代で敵がいなくなっていた。圧倒的な戦闘量と毎日進化し続ける戦闘力。
いくらエリート集団の学園の生徒であっても、そのアルトの成長スピードについていける人はいなかった。
だから最近アルトは退屈していた。
外に出て魔物を狩りに行くことも考えたが、王都周辺の魔物は今のアルトでは物足りない。
モヤモヤする気持ちを抱えながら、軽く汗を流そうかと訓練場に向かった。
動きやすい服に着替えて剣を持ち、寮の部屋を出る。
寮と訓練場は少し離れたところにあるので、アルトは準備運動がてら走って移動することにした。
走ること数十秒、アルトは訓練場に着いて中に入る。
「お?」
アルトは訓練場の中を見て声を上げた。
「シオン!」
訓練場にいる人物―シオンに向かって叫ぶ。
「え、?アル兄さん?」
シオンは自分を呼ぶ声に振り向いてアルを見て驚きの声を出した。
「シオン俺と模擬戦やろうぜ!」
アルトはシオンの前に来るや否や早々にシオンを模擬戦に誘う。既に彼の中では自分の戦闘欲をシオンにぶつけることは決定していた。
「えぇ…まあ別にいいけど」
シオンはこの兄の性質はよく知っており、断っても無駄だなので了承する。それに、シオンとしても実力のある兄と模擬戦をして損はないと考えていた。
「よっし!じゃあ魔術剣術何でもありの何時ものやつな!」
「了解了解」
家にいるときは毎日のように模擬戦をしていたが、学園に来てからはその機会が極端に減った。
久しぶりの兄弟とも戦いに二人共昂っていた。
シオンは氷の刀を、アルトは鋼鉄の剣をそれぞれ手に持って相対する。
互いの距離は二十メートル。
シオンとアルトは同時に魔力を開放し、全身に巡らせた。
瞬間、アルトが剣を振りかざしながら地面を蹴る。
「『水鞭×四』」
同時にシオンは水の鞭を前方に発動させ、アルトを四方から攻撃した。その水の鞭をアルトは剣を一閃させて切断する。
普通の剣だったら魔術に干渉することは難しいが、アルトは剣に魔力を纏わせているので魔術の一つや二つぐらい切ることは簡単だ。
「おおおォ!」
アルトは地面を這うようにしてシオンに接近。そのまま鉄剣を叩きつけた。
「『氷壁』」
しかしシオンが作った氷の壁がアルトの鉄剣を防ぐ。そしてシオンはその隙にバックステップをして前方の空間に地面から氷の槍を発射。
アルトがいる範囲を確実に突き刺した。
が、アルトは跳躍してその氷槍を回避。
氷槍の先にふわりと着地すると右から襲ってくる水の鞭を見て地面に飛び降りる。
「『纏うは業火の衣―炎纏』」
アルトが紡いだ瞬間、彼の体を炎が覆った。
次いで剣を振って炎を飛ばしてきたので水の壁で防御。シオンは発生する水蒸気を風で飛ばし、近づいてきたアルトに風の塊を叩きつける。
普通ならなすすべもなく吹っ飛ばされて終わるが、アルトはその風の塊を切り裂いた。
「まじ⁉」
シオンは目の前の光景に目を疑うも、手にしている氷の刀を振って鉄剣による攻撃を防ぐ。
しかしアルトが纏っている炎によってシオンの氷の刀が溶け出した。
「ぐっ…」
アルトの鋭い剣閃にシオンは苦しくなる。
当たり前だが、剣士であるアルトのほうがシオンより剣の腕は上だ。というか、僅かでも食らいついていけているシオンがおかしい。
思考のリソースを迫りくる剣に対する対処で埋め尽くされているので、反撃をする余裕がないことにシオンは顔を顰めた。
剣戟を繰り返すこと数合。
アルトの鉄剣がシオンの氷刀を砕いた。
一瞬開く空白。
アルトは追撃をしようと剣を振り、シオンは立て直そうと瞬時に魔術を前方に放つと同時に後ろへ飛び退く。
「っぶない…」
「ちっ」
鉄剣はシオンの鼻先を掠めるにとどまった。
シオンが苦し紛れで放った風がアルトの勢いを殺したのだ。
両者の間は十歩。
アルトなら一秒にも満たぬうちに距離を詰めることができる。だが、その前にシオンの魔術がアルトの動きを阻害した。
「水か…?」
アルトが辺りを見渡し、同時にその場から飛び退いた。何か直感が働いたのだ。
瞬間、アルトがいた空間に氷の花が咲く。
「惜しい」
シオンが真っ直ぐアルトを見ながら呟く。
「おいおいなんだよ今のは」
「今は内緒。これが終わったら教えるから」
「ほーん…」
アルトはシオンの未知の魔術に興奮して自然と口角が上がった。そしてずっと乾いていた場所が潤っていく感覚を覚える。
アルトは鉄剣を両手に持ち剣先を後ろに受けて構えた。
目指すは数十歩先に立っているシオン。
ただ、そこにたどり着くためには未知の魔術が漂っている空間を抜けなければいけない。
「ぶち抜くか」
アルトは最適な解決方法を考えるのは諦めた。
姿勢を低く、まるで獣のような体勢まで低くする。
身体強化を全力で掛け、両足に力を入れる。
爆発。
そうと錯覚させるような勢いで地面を蹴り、地面を大きく粉砕させながら飛び出した。
体に炎を纏いアルトの軌跡が赤く染まる。
目指すのはただ一点のみ。
残り二十歩、十五歩……行けるとアルトが思ったその時、シオンが掌を叩いて一言。
「『氷蓮華』」
空気が震えた。
まるでそれは花園。
シオンを中心として氷の花が連鎖的に広がる。
アルトの炎の残滓に花が咲き、アルトの場所まで一直線に花は連結する。
花が咲く箇所はシオンが敵と認識した魔力全て。
大気中にシオンの魔力を漂わせてその範囲に入ったが最後。半自動的に敵の魔力の場所に氷の花は咲く。
それはアルトも例外じゃない。
アルトの軌跡の魔力の残滓から氷の花が伝播してアルトまで到達する。
後五歩。
アルトの鉄剣がシオンに届く一瞬前に氷の花が咲いた。
「な…んだこりゃ…」
足、腕、鉄剣、背中、あらゆるところに花が咲き誇る。
アルトの動きは止まり、体に纏っていた炎は徐々に勢いが弱くなった。
シオンは無傷、対してアルトは体の至る所が氷漬けにされている。
勝敗は決した。
「くっそー…負けたかぁ…これで六二五戦三五六勝二六一敗八分けだな」
綺麗に直した地面にアルトは寝っ転がって悔しそうに言う。
「あ゛ー…頭痛い…」
シオンは頭を押さえて蹲っていた。
「ん?どうしたんだシオン」
「いやぁ…最後の魔術使うと頭痛くなるんだよ」
顔を顰めて唸りながらシオンは言う。
「そういえば最後のやつは何だったんだ?見当が全くつかないんだが」
「あー…最後のは簡単に言えば自動的に敵を凍らせる魔術だね」
「そんなことできんのか…?」
「うん。大気に自分の魔力を漂わせるのが第一段階。敵の魔力を覚えるのが第二段階。そしてその魔力を常に認識しながら魔術を発動するのが最終段階」
そこまで言ってシオンは地面に寝転がる。
「で、その三つの段階を並行してやるから脳に負荷がかかって一度使うとこうなるってわけ」
『氷蓮華』という魔術は通常の魔術とは違い発動するにあたっての踏む工程が多い。魔術自体は強力だが発動した反動が大変なのだ。
「おー…なんかすっげぇな」
「最近創った魔術だからまだまだ改良の余地はあるけどね」
発動した後にこんな醜態になっては実戦で使いようがない。魔術自体を改良して負荷を下げるか、単純に訓練してその負荷に慣れるかしないといけないとシオンは思っていた。
「レイ兄さんは今何してんのかな」
「意外と戦うの好きだからストレスたまってるんじゃね?領主の仕事大変そうだし」
「じゃあ里帰りしたとき相手してあげよっか」
「そうだな」
広い訓練場の中心に横たわる二人は疲労に身を重くしながらも会話をする。
風吹き草木の臭いが二人の鼻腔を撫で、遠くで鳴った鐘が耳を貫いた。
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