第32話 定期試験⑫ 王の苦悩


 ギルベルトは漠然と言葉を投げかけた。その言葉は何時もの威厳のある声ではなくどこか不安が混じっている。


「陛下は十分やれていると思いますが」


 シュゲルは肯定するが、ギルベルトの姿は変わらない。


「ああ、今のところはな」


「何がそんなに不安なんですか?確かに今回の件は綱渡りもいいとこでしたがそれは三年前に決めたことでしょう?」


 シュゲルは光が差し込む窓辺まで歩く。そして外を見ながら続けた。


「三年前……シルフィーネ様のお披露目と同時に開かれた社交界で突発的に発生した決闘騒ぎ。よく聞いてみればいちゃもんを付けたゲルガー侯爵家長男の相手は友人の三男。そして決闘では軽くあしらう程度だけで勝利。そこであなたは興味を持った」


 初めこそギルベルトはそこまで興味がなかったが、友人の三男が相手だと知って思い出した。


 そういえば手紙にうちの息子は天才だと書いてあったな、と。


 それで実際決闘を見て衝撃を受けた。まだ八歳という年齢で扱う魔術の種類の多彩さと丁寧な魔力操作。


 そして何より戦闘そのものに慣れていたという事実にだ。


「翌日フォードレイン夫妻と会い、シルフィーネ様の症状について語ったところ驚きの情報を耳にした。フォードレイン家三男のシオン・フォードレインも同じ症状であり、更には緩和するための魔道具を作ったと」


 そのことを聞いたギルベルトは仰天して暫く開いた口が塞がらなかった。しかし、直ぐにフォードレイン夫妻に頼んだのだ。


「陛下の頼みを快く受け入れてくださったシオン殿は魔道具を作成。それによって無事シルフィーネ様の症状も収まりました。おまけに二人共魔術の才能に溢れていたので自然と仲が良くなった」


 シオンとシルフィーネの二人共魔術の才能に溢れ、波長も合ったので自然と仲が良くなった。


「シルフィーネ様も凄いですが、シオン殿はそれ以上。そして陛下は思いついた」


 そこまで言ってシュゲルは言葉を止めた。


「ああそうだ…まだあの時は可能性として思いついただけだった。だがシルフィーネは日に日に魔術の戦闘力が上がっていく。ということはシオンもそれと同等かそれ以上だろうって思ったわけだ」


 ギルベルトは思い返す。

 シオンが領地に帰ってからシルフィーネの話は何時もシオンのことばかりだった。


 それにギルベルトは娘を取られたみたいで悔しがったが、その相手はシオンなので何とか納得はしたのだ。


「ある程度構想は決まったところでシオン殿が王都にやってきてシルフィーネ様と模擬戦をしました」


「それで俺は確信したよ、シオンとシルフィーネなら暗殺者なんかに後れを取ることはないってな」


「しかし万が一があってはいけないからSクラスの担任にあの『紅炎』を置き、秘密裏に騎士団も動かした」


「幸いにも今年は粒ぞろいだからな」


「それで結果は成功しました。これの何が不満なんですか?」


 シュゲルは改めてギルベルトに問う。


「いやなに…父ならもっとうまくやったのではないかと思ってな…。結局今回の作戦は博打だ」


 王国が一つに纏まっていないところを帝国に付け込まれた。


 王国の貴族の裏切り、そして裏切った貴族から徐々に広がっていく反国王の空気。


「これも俺に貴族たちをまとめ上げる力がなかったのが原因だ」


 そこまで言ってギルベルトは深く息を吐いた。ギルベルトにもっと力があれば、カリスマがあれば今回のような博打同然の作戦をしなくてよかったかもしれない。


 一先ず間者と裏切者は一掃され、王国の風通しもよくなったがまだSクラスの生徒たちの安否はわからないのだ。


「過去にとらわれてはいけませんよ陛下」


 シュゲルは穏やかに言う。


「確かに今回の作戦は博打でした。しかし反省することをしても後悔をする暇はありません」


 窓から夕陽が差し込み部屋を茜色に染める。


「Sクラスの生徒たちは心配ですが…怪我はしても命を落とす者はいないでしょう。そのために第二騎士団副団長の『邪知』を向かわせたのですから」


 彼ならなんとかしてくれるという信頼が確かにあった。


「そしてこれは転換期です。帝国の間者及び裏切者は居なくなり、この作戦の指揮を執った陛下の威光は増します」


「この機会に王国を一つにまとめろということか」


「ええ、そうです」


 シュゲルはギルベルトに顔を向ける。


「恐らく五年以内に帝国は王国に侵攻するでしょう。まずは戦争にならない方法を模索べきですがそればかりをしてはいざとなったときに詰みます」


「そうだな…」


「自分では気が付いていないようですが陛下は先王の影にとらわれすぎです。先王は先王、陛下は陛下です。まずはできることから始めましょう」


 人と比べるのは普通のことだが、比べて自分が劣っているからと言って卑下する必要はない。


 増してや、国王という地位にいるなら悩んでいる暇はないのだ。


「そうだな…一歩ずつ一歩ずつか」


「ええ、焦る必要はありません。うまく周りを使いながらできることから一つずつこなしていきましょう」


 若くして国王に即位したギルベルトは先王にはまだ及ばない。


 しかし、この会話が彼の大きな転換期であったことは明白だった。

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