第28話 定期試験⑧ 強襲
一瞬にして四人の全方位を囲んだ氷の壁。
一拍おいてその氷の壁に何本もの投げナイフが甲高い音を響かせて突き刺さった。
「え、な、なに!?」
「あ…?」
突然の出来事にノアは狼狽えフレイヤは茫然する。
「敵だよ!俺たちは攻撃されてるんだよ!」
氷の壁を創り出したシオンは状況が読み込めていない二人に声を飛ばす。対してクロエは既に剣を握り、攻撃された方向を睨んでいた。
「シオン。一応聞くがこれは試験の一環ではないよな?」
「もちろん。もし試験だったら本物のナイフなんて使わないからね。おまけに毒も塗ってあるし」
氷の壁に刺さっているナイフの刃には何か液体が塗ってあるのが見える。もし試験ならこんなことはしない。
幸いシオンが咄嗟に氷の壁で四人を囲ったので不意打ちを受ける心配は今のところない。四人は注意深く外を見た。
「一…二、三……五人か…多すぎじゃない?」
木々の後ろから全身に黒衣を纏った暗殺者のような風貌の人間が五人現れるのを見てシオンはぼやく。学院のSクラスと言えどもまだ子供。かなりの力量差があると思うのでそこまで人数をかける必要がないと思うが……。
「おいシオン。これどうすんだよ」
フレイヤが平坦な声で聞いた。
「俺たちのとこに来てるってことは他の班にも向かってるだろうね――っと。時間がないみたいだ」
シオンは『探査』の魔術を広げながら考えていたが、暗殺者が魔術を放ってきたので思考を切り替えた。
「まずは相手の力量を確認しないと」
そう言ってシオンは飛翔してくる風魔術を相殺してお返しに『氷槍』を飛ばす。
自分と外の間に氷の壁があるので多少は魔術を発動しにくくなっているが、このくらいはシオンにとって造作もない。
囲っている氷の壁に魔力を供給するのと並行にひたすら氷の槍を生成して射出していく。
合計十本の氷の槍を暗殺者たちは躱し、岩の壁で防御する。
「うん不味いね。普通に強い」
一人一人戦えば決して負けることはないが相手は五人。おおよその実力はフレイヤやノアと同等か少し下。
全員で戦えば負けないはずだが、向こうは殺しに慣れている集団だ。後れを取ることは十分考えられる。
このまま耐えるか、戦うか、逃げるか。
シオンはふとシルフィーネやカイゼル、マリナが心配になったが今は自分の心配をしなければならない。
「シオン、お前が本気を出せば全員やれるか?」
クロエが氷壁の外を見ながらシオンに尋ねる。
「全員…?」
「お前の実力はこの数か月で分かってる。やれるか、どうなんだ?」
シオンは迷った。
確かに本気を出せば五人の暗殺者を殺すなり戦闘不能にすることは可能だ。だが、それは他の三人の身の安全を無視したとき、つまり戦闘だけに集中した時に限っての話になる。
しかしそれはリスクが大きい。暗殺者というのは名前の通り暗殺を生業としている。だから、ほんの少しの隙でもその隙を突かれて反撃をくらうかもしれない。
「出来るけど……戦闘だけに集中するっていう条件がつくね」
仮にここにいるのがシルフィーネならシオンは安心して戦闘に集中できるだろう。しかし、クロエに関しては未だに実力を計りかねているが、フレイヤとノアに関しては明らかに実力不足。
勿論他の同年代と比べれば抜きんでているが、それは今の状況に関係ない。正直言ってシオンは不安だった。
「ならば話は早い。全力を出してくれ」
「本気で言ってる?」
シオンはクロエの発言に眉を顰める。
「当たり前だ。この氷から私だけ出してくれ。お前が戦っている途中に良からぬことを企んでるやつは私があしらっておいてやる」
その言葉にシオンは一瞬思案した。
彼自身、クロエの実力はよくわかっていない。だが、彼女のその珍しい黒曜の瞳から伝わってくるものはシオンに確信を与えた。
「わかった。何故か先生が来ないし…その方が良いかもね。じゃあ二人の事は頼んだよ」
シオンがクロエに頼んで氷壁の外に出ようとした時、背中に声がかかった。
「おいシオンにクロエ!あたしも戦うぞ!」
フレイヤだ。
彼女は目をギラギラと光り輝かせながら勇敢にそういうが……。
「悪いけど流石にそれは了承できないな」
「なっ…!?」
納得がいかない様相をしているフレイヤにクロエが言葉を投げかける。
「力量をしっかり見ろ。今のお前じゃあ勝てないことぐらいわかるだろう」
「――っ…!」
暗殺者から伝わってくる濃密な殺気によって流石に理解しているのか、フレイヤは悔しそうに黙った。
シオンはフレイヤの悔しさが背中越しで伝わってくるのを感じる。
そして、シオンは自分達を囲っている氷壁の周囲一帯に濃密な霧を発生させ、外側に向かって風の流れを作った。
完全に視界が隠れていることを確認したシオンは、氷壁の一部を解除してクロエと共に外に出る。
「じゃあよろしく」
「ああ」
シオンとクロエはそんなやり取りをして別れた。
数秒後、暗殺者たちが風魔法でシオンの作った霧を吹き飛ばした。彼らは氷壁の方を見て気が付く。
一人足りない。
黒髪のガキ、大剣のガキ、ちびのガキ……、銀髪のガキはどこだ。
そんな中、五人の暗殺者の一人が徐に自分の頬に触れた。そして違和感を覚える。
何故自分の頬はこんなに濡れているんだ?と。
瞬間、体が動かせなくなった。
そして少し後に遅れてやってくる急激な寒気と冷たさ。
現状を理解できないまま、一人の暗殺者は氷漬けになった。
「―――ッ!?」
一人の仲間が氷漬けになったのを見た他の暗殺者は驚き警戒する。そして気が付き空を見上げた。
「残念。もう一人くらい持っていきたかったのに」
悠然と後ろで結んだ銀髪をたなびかせながら浮かんでいる少年が一人。
残った四人の暗殺者たちを見下ろしていた。
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