第24話 定期試験⑤ 月下にて終幕を

「で、俺は信用できそう?」


 シオンは自分が負けた相手——クロエに尋ねる。


「…………以前よりかは信用できる」


「ならよかった。じゃあ明日から少しでも協力してくれると助かるよ」


「…善処する」


 ここでその理由を聞くといった無粋なことはしない。

 正直シオンには何もわからないが、単なる思い付きで剣を交えたわけではないということだけは分かっていた。


「それにしても強いね。いつから剣を握ってたの?」


 精神的な壁を感じながらも、シオンは臆せず話しかける。

 シオンは、本来なら自分から積極的にコミュニケーションをとるようなことはしない。


 だが、クロエのようなタイプは後回しをしていたら、余計に面倒になるか手遅れになっていることが多いのだ。


「剣を握ったのは三歳の頃からだ」


「はやっ!」


 三歳は…シオンが魔術の鍛錬を始めた年齢と一緒だ。

 想像よりもずっと早い年齢で剣を握り始めたことに、シオンは驚く。


「じゃあ九年も鍛錬を積んでいるわけだ。きっかけは何だったの?」


「きっかけは……確か父上が剣を振っていたのを見た時だったな…」


 どこか遠くを見るような眼をしながらクロエは呟いた。


「なるほどね」


「まあ、私には魔術の才能がなかったから剣しかなかったのもあるけどな…」


 自嘲気味に言い放つクロエの顔は暗くてよく見えない。


「でも剣術は凄かったけどね。勝てる気がしなかったもん」


「それは剣術だけの勝負だったからだ。何でもありの勝負なら私なんて一瞬で負ける…」


 シオンはクロエの言葉を否定できなかった。

 

 確かにクロエの剣術は突出している。これは事実だ。


 だが、これが魔術も選択肢に入ると一気にクロエの優位は崩れ去る。


 剣道三倍段という言葉があるように、戦闘においては攻撃距離が長いものが有利なのだ。


 だからいくら技術があっても、遠距離からの魔術攻撃には敵わない。


 それは現代において、残酷だが、真実でもあった。


「じゃあ私は戻る」


「わかった」


 元々気まずい空気が、先程の発言で更に気まずくなってから数分が経ち、クロエは立ち上がって野営地に戻ろうと背を向けた。


 しかし、少し歩いて立ち止まる。


「最後に一つ答えてくれ」


「なに?」


「お前は……魔族のことをどう思っている?」


 シオンは突拍子なその内容に、首をかしげる。

 だが、


「うーん…。歴史では悪役で描かれてるけど……一度も会ったことがないから分からないかな」


 これがシオンの答えだった。

 先入観には捉われない、自分が見たもの聞いたものを信じる。


 これは昔からのシオンの信条だった。


「そうか……」


「うん。ヒト族にも善人と悪人がいるように、魔族だけが全員悪ってことはない気がするしね」


 これも昔から考えていたことだ。

 結局のところ、ヒト族でも獣人族でもなんの種族でも、悪い奴はいるし、良いやつはいる。


 多少種族としての性質や気質はあるが、根本的にはどんな種族でも変わらないと思っていた。


「そう、か……」


 そう呟くクロエの顔は見えないが、少なくとも嫌悪感は抱いていないことが分かる。


「変なこと聞いて悪かったな…じゃあまた明日……」


「おやすみー」


 去っていくクロエの姿を見ながらシオンは考える。


 先程のクロエの質問。


 ただの戯言ではないことはシオンは確信していた。


 あれは間違いなく彼女の核心に近いもののはずだ。


 事実、彼女は魔族に対して嫌悪感や敵意は抱いていなかった。

 そこから読み取れるのは、彼女の背景には魔族の存在がいること、またはそれに準ずる何かがあること。


 そこまで考えてシオンは止めた。


 ここから先は全部憶測だ。

 推測は大事だが、憶測は先入観を増幅させる。


 クロエがどうであれ、今できるのは何もない。


 そう思いながら、夜空に浮かぶ月を眺めるのだった。

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