第23話 定期試験④ 月夜に交わる黒と銀

「いや何で?」


 脈絡もなく、いきなり剣で勝負しろと言われたシオンは疑問の声を上げる。


「私はお前を信用していない。だが…、剣を交わせばその為人が分かる」


「わかるものなの…?」


 シオンはクロエの言っている意味が理解できなかった。

 剣を交わせば為人が分かる?

 そんな馬鹿な話はないだろうと一蹴したいが……、それもできない。


 シオンの内心がどうであれ、信用を得るためにはクロエの言った通りにする他ないからだ。


「どうするんだ。やるかやらないか」


「わかった。やるよ」


 シオンは考えることを諦めた。

 そしてふと呟く。


「というか俺、魔術師なんだけど…」


「それでも剣は使えるだろう?授業の時の動きを見ればわかる」


「さいですか…」


 魔術師であることを言い訳に逃げようとしたが、それも失敗に終わってしまった。



 二人は野営地から少し離れた場所へ移動する。

 月のような星の光で多少は明るいが、剣を交わすには暗いので魔術で明るくした。


「剣は私の予備を貸すぞ」


 クロエは剣を持っていないシオンに貸そうとするが、


「いや、大丈夫だよ―『氷刀』」


 シオンはそう言って氷でできた刀『氷刀』を手中に出現させた。


「ふん…じゃあやるぞ」


「もうどうにでもなーれ…」


 

 月夜に相対する黒と銀。


 片や鉄製の直剣を、片や氷の刀を手にするその距離は十メートル。


 合図もなく――—両者同じタイミングで踏み込んだ。


 互いに身体強化を発動して手にした獲物を振る。


―ギィン


 剣と刀がぶつかり合い、甲高い音を響かせた。


 一合、二合、三合……。

 クロエの鋭い剣閃を、刀を添えて受け流し、時には防御していく。


 撥ね上がってくる直剣を体を反らして回避、そのまま氷刀を宙に投げバク転して距離を作る、


 間も無く襲い掛かってくる振り下ろし、をタイミングよくキャッチした刀で受け流しカウンター、


 を躱され、迫る突きを首を傾けて避けた。



 再び距離を開けたシオンはクロエの実力に内心舌を巻く。


 派手さはなく、一見地味。

 事実、シオンも実際に剣を交わす今日までは気が付かなかった。


 が、


 カイゼルやイーサンのような魔術と併用する剣技とは違う。

 父や兄のような身体強化による破壊力とも違う。


 そこにあるのは磨き続けられた技。


 特別なことをしているわけではない。

 何百回、何千回、何万回と繰り返されたその型、その一振りに今までの研鑚の跡が良く見える。


 更に驚くべきなのは、これがまだ十二歳だということだ。


 正直、技術一点を見れば周りの生徒より何歩も先に進んでいる。

 

 そして彼女はまだ本気ではない。

 それなのに苦戦をしているシオンは、その攻略方法を考えるのだった。



 再び始まる剣戟。


 先程より鋭さが増した剣を必死に防ぎ、受け流す。


 振り下ろされた剣を半身で避け、お返しに逆袈裟斬り、


 をしようとして咄嗟に正面に刀を構える。


―ガキンッ


 クロエが接近し、剣と刀が鍔迫り合う。


 シオンは押していた力を抜いて後ろへ体を傾けながら飛び蹴り、それをクロエは左腕で防御。

 

 そのまま右手で逆手に持った剣を横に薙ぐ、


 が、シオンは刀をギリギリで自分との間に滑り込ませて受け止め、


 その刀を支点に反転して肘内、


 をクロエは左腕で受け流し、空いた腹に膝蹴りをした。


「ガハッ…!」


 膝蹴りが入ったシオンは衝撃で声を出しながらも素早く後退する。



「はぁ、ふぅ…強いね」


 シオンは素直に称賛する。

 やはり接近戦ではクロエが何枚も上手だ。


「世事はいい。再開するぞ」


「せっかちだなぁ…」


 表情を変えないクロエに呆れ、少し痛む腹をさすりながら刀を構えた。


 

 静寂が空間を支配する。


 幾秒後。

 服の擦れる微かな音がしたかと思った…、時には剣戟が響き渡る。


 振り払い、突き、袈裟斬り…。

 幾数もの剣閃を繰り出すが、


「クッ…」


 そのどれもが防がれる。

 

 そもそもシオンは魔術師だ。

 王都に来る前は良く父と剣を交わしていたが、最近はめっきり剣を持たなくなった。


 それで余計に苦戦しているのである。



「もう終わりか?」


 静かに挑発するクロエにシオンは意識を変える。


 今までは自分が負けてもいいやと思っていたが……挑発されたことにより、勝ちたくなったのだ。


「いや?まだ余裕だよ。それに悪いけど…ここからは勝ちに行くからね」


 シオンが言い放った瞬間、シオンの纏う雰囲気が変化した。


「……」


 クロエもそれを感じ取ったのか、僅かに眉を顰める。


 しかし彼女は意にも留めず、踏み切って剣を振るう。

 何度目か分からない程に、聞きなれた音が辺りに響いた。


 クロエは正確に、それでいて鋭く剣閃を浴びせる、がシオンはそれを全て受け流し、防ぐ。


 

 それから数分後、クロエはこの状況がおかしいことに気が付いた。


 目の前の男の防御を突破できないのだ。


 何度攻撃しても、躱される、受け流される、防がれる。


 まるで自分の動きが読まれているかのように……攻撃が通らない。


 その事実に、クロエは無意識ながら焦り始めていく――——


 のではなく楽しくなっていくのだった。




 シオンは視覚、聴覚、全てをフル活用して剣を動かす。

 先程からクロエの攻撃を全て防げているのは何故か。


 それは単に、シオンの意識が『守り』に極振りされたから。だけ。


 そもそも、シオンに剣術の才能はほぼないので、父や兄などの一部の天才には到底かなわない。


 そこで昔のシオンは考えた。

 どうすれば、超えることは無理でも喰らいつくことが可能かと。


 結論は『基本の徹底』、これだけ。


 型を模倣し、それを繰り返して自分の技に昇華させる。

 その繰り返し。


 そしていつしか、シオン独自の剣の道が形になっていったのだ。


 それが、徹底的に守り、隙が見つかればカウンターを入れるというもの。


 つまり完全な『後の先』。

 

 完全にこの状態になったシオンを破るには、彼の兄であるアルトですら面倒くさいと思うほどになっていた。




 クロエが攻撃し、シオンが防御する。

 といったように、何時しか二人の間の攻守が逆転していた。


 しかし、シオンの防御は鉄壁……だが、流石に本職が剣士のクロエには自力で差がある。


 そのため、次第に鉄壁の城砦が崩れ始めていく。


―ギィィン


「くっ…」


 長時間の剣戟によって、必死の表情を浮かべるシオンとは対照的に、クロエは――――


 口角を上げて笑っていた。


(クロエもバトルジャンキーなのかよっ……)


 父や兄、そしてシルフィーネやカイゼルといったように、なぜ自分の周りにはバトルジャンキーが多いのかと、シオンは億劫になる。


 が、激しさを増す攻撃にそれどころじゃないと意識を戻す。



 それから数分間に及ぶ剣戟の果てに―――



「俺の負けっ!」



 シオンは負けを宣言したのだった。

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