第17話 これがSクラス④

「マリナ、惜しかったわね」


「取り敢えずお疲れ様」


 模擬戦はミアの勝利で終わり、マリナが戻ってきたのでシルフィーネとシオンは声をかける。


「負けちゃいました……」


「負けちゃったのは悔しいと思うけど凄い接戦だったよ」


「そうよ。次戦って勝てばいいのよ」


 これはお世辞ではない。

 実際、勝敗の決め手はミアの『閃光』だったが、その前にいくつも決定的な場面があった。


 どこか一つでも相手がミスをしていれば勝っていただろう。


「そう。凄いギリギリだった」


 ふいに後ろから声が聞こえて三人は振り返る。


 声の主はプラチナブラウンの髪を肩で揃えた小柄な少女———ミアだ。


「マリナ強かった。次も負けないから」


 無表情ながらも、どこか満足そうに言い放つ。


「じゃ」


「あ…」


 マリナが何か言いかけるがミアは颯爽と去ってしまった。


「なんだか…猫みたいな子ね」


「あー、分かる。凄いマイペースな感じがする」


 シオンもミアが体格が小さいこともあって余計猫っぽさを感じる。


「まだ何も言ってなかったのに……」


 マリナは少し悲しそうにするが、


「同じクラスなんだからいくらでも話す機会あるじゃない」


「それに、次も負けないって言ってたからまたマリナと模擬戦する気満々じゃん」


 基本的にミアのような性格をしている人は他人を気にしない人が多い。

 このことから推測すると、恐らくミアは自分と同じ実力のマリナを気に入ったのだろう。

 


「じゃあ最後はシオン君とシルフィーネ!」


 そうこうしているうちに遂にシオンとシルフィーネの番が来た。


「今回こそ勝つわ」


「ふふっ、また負けて悔し泣きしないようにね」


「なっ…!お、覚えてなさいっ!」


 入試の結果を待っている間、何度もシオンとシルフィーネは模擬戦をしたのだが、ある時シルフィーネはシオンに負けすぎて悔し泣きをしてしまったことがあったのだ。


 そのことを揶揄われてシルフィーネは恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら一人足早に向かってしまった。



「お互い準備は良いか~?あ、二人とも周りの影響は考えなくていいぞ!何かあっても私が対処するからな!——じゃあ始め!!」





 お互いの力量はもう把握済みなので、小手調べみたいなことはせずに初めから全力で行く。


 魔力を解放。


 紅蓮の魔力と白銀の魔力がぶつかり、その衝撃波によりビリビリと空気が振動する。


「すぐに降参しないでよ?」


「当たり前よ。さっさと来なさい!」


 シルフィーネが啖呵を切った瞬間、シオンは『氷槍』を発動。


 超速で放たれたそれはシルフィーネの白い炎で一瞬で昇華される。


 それがきっかけとなり、訓練場は氷と炎が乱れ咲く領域と化した。


 四方八方から氷槍を飛ばしそれを炎で防御。


 炎の竜巻が発生するもそれを極寒の冷気で鎮火、そのまま前方数十メートルを凍り付かせるが熱風で拮抗される。


 ある程度戦ったところでシオンは他の属性を使い始める。


 稲妻を飛ばし、風刃で斬り裂き、天から雨を降らせた


 が、土壁で防御し、獄炎を前にぶっ放し、雨を無理やり炎で消し飛ばした。




「すごっ…」「あれが首席と次席…」「殿下美しい…」


 その異次元な攻防をみている生徒たちから感嘆の声が出始める。

 

「この模擬戦をしっかり見とけよ~?あの二人は歴代の中でもトップクラスだからな」


 いつの間にか生徒のそばに近づいていたフィオナ先生が生徒たちに言う。


「先生、凄いのは分かるんですけど…歴代トップクラスなんですか?」


 この国では珍しい黒髪の少女が質問する。

 彼女はアイカ・フルーレン。九席の生徒だ。


「ああ。あの二人は色々と異常だな。特に首席のシオン君。彼はいずれ賢者になるぞ」


「賢者って…六星の…?」


「もちろんだ。この国は常に優秀なものを求めている。あれほどの実力の持ち主を放っておかないだろうな!」


「そんなに……」


 まさか異名持ちのフィオナ先生から、賢者になるといった言葉を聞くとは思わなかったのか、アイカは絶句する。


「言っておくが、君たちもかなり優秀だぞ?そこは自信もっていいんだからな。あの二人と比べ過ぎてもよくない」


「はい…」




 次第に二人は動き回り始めた。


 身体強化を発動しながら並列して魔術の応酬をする。


 これが二人のいつものスタイルだった。

 この二人のレベルだとその場で突っ立っていると直ぐに魔術を当てられてしまうのだ。


 なので剣士のような高速機動をしながら魔術を放ち続けていた。


 

 シオンは氷のブレードを無数に生成し、それを高速回転させて飛ばす。


 様々な角度から飛ばされたそれは常人なら一瞬で無残な姿になるが、


「『巻き上がれ―獄炎渦』」


 シルフィーネを中心とした炎の渦で相殺されてしまう。


 が、高速で雷、氷、風、といった複数属性の魔術を発動させて、力業でシルフィーネの防御の突破を図る。


 一つでもミスをしたら負けるという極限の中、シルフィーネは的確にその全てを炎で、時には土で岩で防御していく。


 そして一瞬、怒涛の攻撃が緩んだ隙にシルフィーネは炎でシオンとの間を無理やり分断させた。



 その向こう側にいるシオンはシルフィーネの意図を読む。


「なるほど…」


 恐らくこの状況は三年前のと似ていると感じた時には既に詠唱に入っていた。



 シルフィーネは詠唱をする。

 紡ぐのは既存のものを改良したオリジナル魔術。


「『其れは奈落の焔。其れは怒りの一撃。我が敵を消滅させよ―煉獄災波インフェルノ』」



 シオンは詠唱する。

 これもまたオリジナル魔術。


「『氷神の吐息。八寒地獄の罰。穿ち虚空を凍てつかせろ―凍獄烈波ニブルヘイム』」



 片方からは全てを焼き尽くす炎が、もう一方からは全てを凍てつくす冷気が、


 甲高い音を鳴り響かせ、渦巻きながら――――


 

 衝突した。


 

 一瞬の空白の後に轟音が衝撃波を生み出し、地面が溶解され、凍り付かされ、蒸気が充満し、訓練場が混沌と化す。



 シルフィーネは爆風を身に受けながらも警戒をする。


 シオンならこのタイミングで自分を狙うということが分かっているからだ。


 まずは自分を中心に炎の渦を発生させ、


 ようとしたところで蒸気の中から影が飛び出してきた。


 これは特大の好機——!


「焦ったわねシオン―——」


 直ぐに攻撃をして―――



(ん?まって…)


 シルフィーネは疑問に思った。


 あのシオンがこんなずさんなミスをするか?いやそんなわけがない。


 刹那の間にそう判断したシルフィーネは自分を中心に炎の壁を発生。


 これで懸念していた不意打ちをされることはなくなったと、ほっと一息ついて―――


 


 首にひんやりとした感覚。


(これはシオンのっ!どうして…いや、どこから!周りからは不可能———)


 

「油断したね」



 声がした方へ顔を向けると――


「あっ…上…」


 空中に浮いているシオンの姿が見えた。


 そう、シオンは氷で自分のダミーを作りそのままシルフィーネへ突進させ、自分は上空から回っていたのだ。


 シルフィーネは上空の存在を失念していた。

 

 まあそれも無理はない。

 今まではずっと地面——つまり二次元での戦闘しかしていなかったのが、いきなり三次元の可能性を思いつくはずがないのだ。



「俺の勝ちだよね?」


 シオンが宙に浮きながら訪ねる。


 シルフィーネの首には両側の地面から氷の槍が添えられていた。


 彼女は悔しさで歯ぎしりしながらも、



「負けました……」



 敗北を宣言した。

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