第13話 皆大好き大浴場

 ここは学園寮。


 男女合わせて八百人もの生徒が利用しているので、男女両方とも二棟ずつ建っている。


 オリエンテーションが終わった後、寮を利用する生徒は管理人に部屋の鍵を貰って自分の部屋に行く必要があったのだ。


部屋は基本的には二人部屋で、シオンは偶然か必然かカイゼルと同じ部屋だった。


「俺達の部屋は……あった、ここか」


 ホテルのような廊下を歩いていたシオンとカイゼルはある扉の前で立ち止まった。


「早く入ろう!」


「ほいほいちょっと待て」


 カイゼルに急かされながら貰った鍵を鍵穴に差し込んで捻ると、ガチャリと鍵が開いた音がしたのでシオンはドアを開けた。


「おお……」


「凄いな!」


 部屋はかなり広く、備え付けの二つのベッドに机と椅子、クローゼット、トイレに洗面台、そしてシャワー室、といったように至れ尽くせりの設備となっている。


「お!このベッド、しっかりふかふかだ!」


 声がした方を見ると、彼はベッドに飛び込んでいた。



「へぇー、家のと比べてどう?」


「同じぐらい…いや、こっちの方が良いかも?」


「そんなに?」


 シオンはカイゼルの言葉を疑い、自分のベッドを触ってみると――――


「おお…!確かにふわふわだ…」


 シーツの布はきめ細かいので手触りが良く、体重をかけてみても体が痛くなるようなこともない。


「家のと同じぐらいかな」


 フォードレイン家も母のセリティーヌがそういうのに煩かったので、かなり良いものを使っていたと記憶している。


「カイゼルの荷物はそれだけ?」


「うん。荷物といっても服ぐらいだし、何かなかったら買えばいいしな!」


「だよね」


 二人とも持ってきている荷物は少ない。

 不足分は何時でも街で買えるといった理由があるからだ。


「シオンシオン!そういえば大浴場があるって言ってたよな!」


「ああ、一階にあるって言ってたね」


「今日行こう!」


「えー…人多そうじゃない?」


 部屋にはシャワー室があるため、大浴場に行かなくても何も問題はない。


 それにシオン達がいる寮には約二百人もいる。

 いくら大浴場といえどもそんな人数が入るとなると狭苦しくなってしまうと思ったのだ。


「行ってみて人多かったら戻ればいいじゃん!」


「あ、確かに。じゃあ今日行ってみよう」


 実はシオンも少し楽しみにしていたのはここだけの話である。





「え?大浴場を使う人はほぼいないから用意してない?」


「そうよ。ほら、ここにいるのは貴族様ばっかりでしょ?大浴場みたいに他人が入ってるとこは嫌らしいのよね」


 寮母さんが少し困った顔で言う。


 どうやら大浴場を作ったはいいが、なかなか入る人がいなかったので用意することを辞めたらしい。


 大浴場の湯舟を張ったり掃除をしたりと大変なので、用意しなくなったのは必然だろう。


「えー入りたかったな……」


 カイゼルが残念そうに呟く。


 正直シオンも残念だった。


 だが、ここでシオンは閃く。


「じゃあ俺たちが勝手に準備して入ってもいいですか?」


「あー…それなら勝手に使っていいわよ」


 許可が下りた。


「よしシオン早く行こう!」


「わかったから腕離せっ」


 残念そうな顔から一転。


 カイゼルは顔に喜色の笑みを浮かべながらシオンを引っ張って走り去った。




 大浴場は長年使っていなかったからか少し汚れていた。


 だが、それでも豪華だという印象は失っていない。


「じゃあカイゼル」


「うん」


「火属性の素質は?」


「五だよ?」


「十分だ。取り敢えず俺が一気に洗っちゃうから少し待ってて。湯舟を張るときに呼ぶから」


「わかった!」


 カイゼルはシオンの邪魔にならないように入口まで下がる。


「よし。まあ水魔術でいいか」


 シオンは魔力を活性化させる。


 そして魔力を水属性に変換。


 周囲に大量の水を出現させると―――


 その水を高速回転させ始めた。


「うん。いいね」


 高速で回転している水が地面の汚れを次々と綺麗にしていく。


 汚くなった水は水だけ消して窓から捨てる。


 

 十数分後、粗方綺麗になった大浴場にシオンは満足しようとするが、


「あっ、カイゼル!掃除用の洗剤持ってきてー!」


 流石に水だけなのは綺麗好きのシオンからしたら気になるところだ。


「はいシオン。これね」


「ありがとうカイゼル」


 カイゼルが持ってきた洗剤を水魔術で発生させた水に投入していく。


「じゃあカイゼルは離れてて」


「うん」


 そしてさっきの要領で水を高速回転して、大浴場全体を洗い始めた。


 それが終わると、最後は水で残った洗剤を洗い流していく。


 開始から二十分後。


 なんということでしょう。あれだけほこりなどの汚れによって汚くなった大浴場がまるで新品のように綺麗になりました。


 と、どこかの匠が聞こえてきた気がしたが無視をする。


「よしカイゼル!準備は良いか⁉」


「おー!」


 そういうといなや、シオンは水を創り出し浴槽に入れていく。


 それをカイゼルは火魔術で温めていった。



「シオンどう⁉」


「バッチリだよ!」


 適温になったのでこれで準備は完了である。


 後は自分たちが入るだけだ。


「シオンお疲れ様」


「カイゼルもね。早速入ろうよ」


「もちろん!」


 二人は服を脱ぎ、脱衣所から浴場に入った。


「俺髪が長くて洗うの遅いから先浸かってていいよ」


「あー大変そうだね髪長いの」


「慣れればそうでもないんだけどね」


 そう、シオンの髪の毛は腰ぐらいまであるので洗うのだけで一苦労なのだ。


 シオンが昔に創った体を綺麗にする魔術を使ってもいいのだが、せっかく浴場にいるのにそれをするのはもったいない気がして使わなかった。


 全体を濡らし、髪に石鹸をつけて洗っていく。


 この世界にはまだシャンプーやリンスといったものは存在しておらず、唯一あるのは石鹸だった。


 髪の毛を洗い、体を洗い、さっぱりしたシオンは既にカイゼルがいる浴槽に向かう。


「カイゼルどう?」


「おーシオンー…凄い良いよー…」


 緩み切った顔で答えるカイゼルにクスリと笑いながら自分もつかる。


「あ゛あ゛ぁーーー」


 少し熱いぐらいのお湯が疲れた体に染みておっさんみたいな声を出してしまった。


「俺たち以外誰もいないのっていいね」


 カイゼルが呟く。


「確かに。こんな感じだったらこれからも使おうか」


「いいねーー」


 この巨大な浴場を貸し切り同然で使うことができるのは最高である。



 結局シオンとカイゼルは三十分近く湯につかり、寮の食事に遅れるところだった。





―——————————————


こんにちはこんばんは。

文月です。


日常パートがかなり続いて退屈な人もいるかもしれません。

安心してください。あと数話でほのぼのも終わります。


たぶん。


それと★やコメントしてくれたら凄い嬉しいです。



あ、それともう一つ。


誤字報告をしてくださっている方々にはいつも感謝しております。


これからもよろしくお願いいたします。

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