第21話 社交界①

「もうお前たちの態度は許せん!俺と決闘しろ!!」


 広大な室内に煌びやかな装飾の品々。


 一流の料理人が作った上等な料理は所狭しと並べてある。


 この夜会には上から下まで数多くの貴族が出席しているにもかかわらず、理解不能な発言が響き渡った。


 そんな中、指をさされながら言われたシオンは、


「どうしてこうなった………」


 この場から逃げ出したい気分だった。





*****





 四日間の馬車での移動が終わり、やっとこさっとこ王都についた。


 王都は国の中心部なだけあってフォードレイン領と比べるとざっと十倍ほどの広さがあるように見える。


 夜会は二日後なので、それまでは自由にしていいと言われたので、王都にある別邸へ荷物を降ろすとすぐに散策を始めた。


 貴族達の家が並んでいるところは何も面白くなかったが、外側に位置する商店通りは活気があり楽しかった。


 見たことのない魔道具や、大きな図書館、いい匂いがする店など見ていて飽きない。


 この二日間ではすべて回り切れなかったほどだ。


 そんなこんなで楽しかった二日間は終わり、面倒くさい社交界デビューが刻一刻と迫ってきた。


 この前選んだ服に袖を通し馬車に乗り会場の王城まで行く。


 王城は近くで見るととてつもなく大きく、迫力があった。


「……母さん、ほんとにこんなとこでやるの?」


「ここまで来て何言ってるのよ」


「わかるぜシオン。王城の大きさに圧倒されたんだろう?」


 どうやら父にも似た経験があるようだ。

 父の言う通り今までこんなでかい建物をお目にかかった事なんて無いので少し圧倒されてしまったのだ。


 この夜会は様々な暗黙の了解がある。


 その一つが位が高い貴族から入場するというものだ。

 うちは辺境伯なので侯爵と同じようなタイミングで入ることになっている。


 自分たちの順番まで待っていたら父と母から忠告された。


「シオン群がってくる令嬢には特に気をつけろ。気が付いたら婚約者にされていたなんてことがある」


「え…?」


「そうよ、ここにきている令嬢の大半は玉の輿狙いといっても過言じゃないわ」


「え?」


 気が付いたら婚約者にされているなんて恐ろしすぎる。

 もしかしてここは魔窟ではないのかと思ってしまっても仕方がないだろう。


「言質さえとらせなければいいんだよね?」


「ああ、ある程度は俺たちがそばにいるが……最後まで一緒にいるのは難しい。それだけは注意しろよ」


「わかった」


 緩んでいた気を引き締める。


 それから自分たちの順番が来て会場に入った。


 体育館のような広さで、天井からは落ちないか心配してしまうほど大きなシャンデリアが備え付けられている。



 周りを物珍しく見渡していたら夜会が始まった。


 皆料理にはあまり手を付けず、各々貴族同士で会話をしている。



「お久しぶりですフォードレイン辺境伯様、辺境伯夫人」


 料理に目が釘付けになっていたら後ろから声がかかった。


 アレクサンダーと同じ金髪の偉丈夫に紫がかった黒髪の美女、その後ろにシオンと同じくらいの歳の子供がいた。


「堅苦しい挨拶はよせ。久しいなゼルダス、それとオフェリー夫人」


「二人とも久しぶりね、前回の夜会以来かしら?」


 父と母が軽く返事しているところを見るとどうやら仲がいいらしい。


「今日はうちの息子を紹介しに来てね。ほらカイゼル、挨拶しなさい」


 父親に促されて前に出て来たのは先ほどの黒に金が混じった髪色をした子供だ。


「お初にお目にかかりますハーデン家が長男のカイゼル・ハーデンです!」


 元気よく挨拶をするハーデン家長男にどこか既視感を覚えた。


(どこかで見た気が……あ!アル兄さんと似てるんだ!)


「おお!いい挨拶だな!じゃあうちも挨拶しなきゃな。シオン」


 一人で納得しているところに父から呼ばれる。

 意識を現実に移し無難な挨拶をする。


「お初にお目にかかります。レインフォード家が三男、シオン・フォードレインです」


 先ほどのカイゼルの挨拶とほぼ同じなのはこの挨拶がテンプレだからだ。


「初めましてシオン君。アレクと違って賢そうじゃないか」


「うるせぇ。まあ魔術馬鹿なとこも含めてセリーに似たんだろうよ」


「へぇ?そんなに魔術が得意なのかい?」


「ああ、親の贔屓目無しで同年代だとトップだと思うぜ」


「そんなにか…!将来が楽しみだね、ぜひうちの子と仲良くしてほしいよ。学園も一緒だろうしね」


「そうだな――——シオン、俺はゼルダスと話すから好きにしていいぜ」


「ん、わかった」


 父と母はシオンを残して向こうの人達と話すみたいだ。


 シオンはどうしようかなぁ…と考えていると、


「なぁなぁ、シオンって魔術得意なのか⁉」


 誰かさんそっくりに元気よく聞いてくる。


「そうだね、魔術では同年代で負ける気はしないかな。ただ剣術はそこまででもないけどね」


「凄いな!俺は魔術より剣の方が得意なんだよな。魔術って小難しいからさ」


「まあ確かに魔術は難しいよね」


「そうなんだよ!」


 カイゼルはなかなか気のいいやつで仲良くなれそうだ。

 

―——ぐぅぅーー


 どこからか腹の虫の音が鳴る。

 誰かなんて一目瞭然だった。


「腹が減っちゃってさ……」


 少し恥ずかしそうなカイゼル。


「確かに美味しそうだもんねあれ。じゃあ食べに行こうよ。せっかく来たんだから食べなきゃ勿体ないよ」


「そうだよな!」


 そういうとシオンの腕を引っ張りながら料理のところへと走る。



「(モグモグ)美味いねこれ」


「(ムシャムシャ)美味い!」


 シオン達が食べているのは主に肉料理だ。


 家で食べる料理ももちろん美味しいが、この料理は家のよりも美味しく感じる。


「おい貴様ら」


「(モグモグ)」


「(モグモグ)」


「おい」


 二人して夢中になって食べていると―――――


「お前ら無視するな!」


 大声を出されたので反射的に振り向く。


 目の前には顔を真っ赤にした少年とその取り巻きがいた。


「ああすいません。気が付きませんでした」


「ふんっ…おい貴様らはどこの家のものだ?」


 礼儀として先に自己紹介しなきゃいけないのでは?と言おうと思ったが嫌な予感がしたので踏みとどまる。


「…フォードレイン家のシオンです」


「ハーデン家のカイゼル」


 内心嫌な予感がしていたので少しぶっきらぼうな言い方になってしまった。カイゼルもよく思っていないようだ。


「フォードレイン?ハーデン?どこだそこは?」


(おいおいその年にもなって国で二つしかない辺境伯の名前を知らないなんて大丈夫か?)


 そこら辺の貴族家だったら知らないこともあるが、辺境伯は国で二家しかない。それがフォードレイン家とハーデン家だ。


 それを知らないことに驚愕するともに呆れる。


「俺もカイゼルも辺境伯ですよ」


「辺境伯?はっ、あの田舎貴族か」


 反論したい気持ちをこらえて逆に聞き返す。


「あなたはどこの家の方なのです?」


「よく聞け、俺はゲルガー侯爵家長男であるグスタフ様だぞ!」


 ゲルガー侯爵が何なのか知らないが、侯爵は辺境伯と地位的には変わらない。

 それ何に何故見下すことができるのか不思議だった。


「はぁそうですか…」


「なんだその態度は!まあいい、お前たち俺の下につけ」


「は?」


 まさかここまでの馬鹿がいるとは思わずに呆気にとられる。


「聞こえなかったのか?俺の下につけと言っているんだ」


「嫌ですけど」


「俺も嫌だ」


「なっ……!」


 二人そろって拒否するとグスタフの顔がまた真っ赤になる。後ろにいる取り巻き達も信じられないといった顔でこちらを見てくる。


「お前たち自分が何を言っているのかわかってるのか!」


「ええ勿論。そんな馬鹿らしいことに付き合えるわけないでしょう」


 さすがにいらいらしてきて少し煽った。


「馬鹿らしいだと……もうお前たちの態度は許せん!俺と決闘しろ!」


「「は?」」


 あまりに阿呆な発言に夜会の場は静まり返った。

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