第20話 馬車移動②

 レインフォード領を出発してから二日が経ち、今日が三日目だ。


 持ってきた本も読み終えてしまい、することといえば魔術について考えることだけなので暇になった。


 こういう時に前世だったらスマホとかで時間潰すんだけどなぁ…と考えていると、外が少し騒がしくなり、馬車が止まった。


「あら、何かあったのかしら」


 母が呟く。


「ちょっと見てくるね」


 母に一言断りを入れて馬車の外に顔を出して近くにいた騎士に聞く。


「ねぇ、何かあったの?」


 いきなり話しかけたこともあり、少しびっくりしていたが教えてくれた。


「少しした先にオークが五体ほどいまして……」


 どうやらこの先にオークがいるらしい。

 俺は重力魔術を試す絶好の機会だと思い、母にお願いしてみる。


「ねえ母さん。この先にオークがいるらしいんだけど新しい魔術の実験台にしてもいい?」


「そういえばこの前言ってたわね…。まあいいわ、オークぐらいなら問題ないでしょう」


 そう言って了承してくれた。

 母の言う通り、オークぐらいなら何体来ても問題ない。


「そこの騎士たち、俺があのオークを倒すからここで見といて」


「いえ、しかし……」


「大丈夫大丈夫。母さんの許可ももらったから」


 はじめは何か言いたそうにしていたが、母から許可をもらったと言ったら引いてくれた。

 まあ、騎士は俺たちを守るのが仕事なのでこういう魔物の駆除は本来騎士がすることだ。だから難色を示したのだろう。


「じゃあちょっとここで待っててね。母さんと父さんにも新しい魔術見せるから」


 そういって風魔術の『飛翔』を無詠唱で発動し、ふわりと飛んでオークのところまで行く。


 オークは報告通り五体だ。


 地面に降りてオークたちに近づく。


 オークたちまで三十メートルといったところで俺にオークが気づいた。


―——「プギィ!!」


 気色悪い声を発しながらどたどたとこちらに向かってくる。


 今回はオークが複数体いるので単体にかける魔術ではなく領域にかける魔術の方にした。


 魔力を意識し、範囲を指定し、詠唱する。


「『其は万物の理。歪みて領域を加重せよ―『加重力領域アド・グラビティゾーン×十倍』」


―———スドン!!!!


 その瞬間走っていたオークたちが激しい衝撃音を出しながら急に地面にめり込む。


 程度が分からなかったので重力を十倍にして発動した。

 重力十倍というのは自分の上に自分と同じ重さが十個急に乗っかってきたということだ。


 普通の人間なら重力負荷を十倍にされたらおそらく死んでしまうだろう。しかしシオンが相対しているのは魔物なのでどのくらいで死ぬのかわからない。


 重力が十倍の領域に入り、地面にめり込んでいるオークはまだ肉体は原形をとどめている。


 なので念をかけて更に重力をかける。


「『加重力領域アド・グラビティゾーン×十五倍』」


 そしたらオークたちの骨がきしむ音が聞こえ、最終的には半分つぶれた状態になったので、魔術を解除する。


 重力魔術を発動した地面は円状に少し陥没し、その中心にオークたちが半分つぶれていた。


「さすがに死んでるよね」


 一人ごちに呟いてオークたちのところに歩いていく。


 オークを足で突っついたりしたが、何も反応がないので死んだと確信する。

 オークがつぶれた周りには、血が飛び散っていたので少しだけグロさを感じつつ、風魔術でオークたちを馬車のところに移動させた。


 オークは結構いい素材が取れるので本来は綺麗に倒すのが好ましい。


 しかし、今回は魔術の実験兼お披露目が目的だったのでぺしゃんこにつぶれてしまったが、仕方がないと割り切った。


 ぺしゃんこになったオークを連れて馬車に戻ると、騎士たちが少し引いていた気がする。まあ確かにグロいからしょうがない。


 結局先を急いでるのもあってオークたちは火に焼かれて灰になった。


 馬車に戻るなり母さんと父さんがすごい勢いで聞いてきた。


「あれは何⁉いきなり潰れたじゃない!」


「シオンなんだよあれ!あんなの見たことないぞ⁉」


「ちょっ……いったん落ち着いて……」


 正直こんなに驚かれるとは思わなかったので少し狼狽える。


 後から聞いた話だが母さんは魔術オタクらしい。学生時代はよく図書館に籠って魔術書を読んでいたらしい。


「この歳にもなって恥ずかしいわ……」


 恥ずかしがる母はさっきまでの狼狽えぶりはどこへ行ったという感じで、冷静に聞いてきた。


「それで…あれは風魔術じゃないわよね?あれは何なのかしら?」


「もちろん風魔術じゃないよ。あれを説明するとなると根本から説明しないといけないな……」


 この世界には重力という概念がないので、ここであれは重力魔術だよといっても伝わらない。


「最初から説明してくれるかしら?すごく気になるわ」


 母は身を乗り出して興味津々な目を向けてくる。


「わかった。じゃあまず…………」


 そういって俺は母と父に説明していった。


 物体が下へ落ちること、それが生き物にもその力の影響下にあること、その時に物体にかかる重さの力を『重力』と命名したこと。


 ここで万有引力といった話まで説明すると、それはどうやって考え出したのかと突っ込まれるので話さないことにした。


 重力だけだったらその力を強くしただけ…といった風に説明できるが、万有引力といったものは天文学と物理学の知識がないと理解ができないし、検証もできないので証明するのが不可能に近いのだ。



「はー…そんなこと考えたこともなかったわ……。これ、大発見よ冗談なしで」


「さすがシオンだな!天才だ!」


 説明を終えた二人の反応は、母が茫然とし、父は深く考えずに褒めた。


「これっていつぐらいに研究所に持ち込んだほうが良いかな?」


「今はまだやめたほうが良いわ。まだ八歳だから信じてもらえないわ。そうね……学園に入学してからがいいんじゃないかしら?」


「学園に入学してから?」


 母が言うには、学園に在学中なら国の管理下に置かれるのでアホな貴族から守ってくれるらしい。


「それならそうするよ。まだ理論としては少し弱いからね」


 周りからちょっかいかけられたり、疑われるのも面倒くさいので学園に入学してから研究所に持ち込むことにした。



「シオンは将来どうなっちゃうのかしら………」



 そうしみじみとつぶやく声は、穏やかな空気に霧散した。

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