第19話 馬車移動①

 ほのかに香る乾いた土の匂い、穏やかな気候。


 王都で開催される社交界に参加するために馬車に揺られているところだった。


 馬車は昔のを改良して揺れを抑えたのと、尻の下に敷くクッションを備え付けたと父は自慢げに話している。


 特にすることもないので魔術の本を読んだり、魔術理論について考えたりと暇をつぶしていが、ふと顔を上げた。


「母さん、王都までどのくらいかかる?」


「何もなければ四日で着くわ」


 母が答える。


「じゃあ夜は野宿?」


「ええ、そのためにマジックバックにいろいろ詰め込んできたんだから」


 ここで言う野宿はよくあるキャンプではない。

 冒険者とかが行う野宿は前世でいうキャンプに近いところはあるが、このような貴族の野宿は立派な天幕が張られ、設備もしっかり整っているので快適なのだ。


 そしてこの空間属性の術式が付与されているマジックバックは、大体二十メートル四方ほどの大きさがある。


 空間属性の情報や術式が古代にて失われてしまったので、現在あるものはダンジョンから出てきたものや、代々受け継いだものかのどちらかだ。


 因みにうちの家のマジックバックは数代前にダンジョンから出てきたマジックバックを代々使っているらしい。


(一日に八時間進むとして馬車の速さは大体時速十キロと仮定すると……一日に八十キロ進む。これが四日だから大体三百二十キロメートルか。)


 三百二十キロメートルといえば、だいたい直線距離で東京から京都ぐらいだ。


「魔物とかって出るの?」


 気になって聞いてみた。


「あんましでねぇな。まあ出てきてもランクはそんな高くないから大丈夫だろ」


 今度は父が答えた。


「ふーん。じゃあ魔物出たら俺がやってもいい?新しい魔術を試したくてね」


「まあいいけどよ……いつの間に新しい魔術なんて創ったんだ?」


「スタンピードが終わった後だね。たぶん概念としては世界初じゃないかな。その時が来たら見せてあげる」


「そんなにか?楽しみにしとくぜ」


 父とは軽い感じで話が終わる。

 

 しかし、母がこっちをじっと睨んでいた。


「な、なに母さん」


「その新しい魔術、しっかり教えなさいよ。それによってどう対処するか変わるんだから」


「え、そんなに重大なこと?」


「そうなのか?セリー」


 母の真面目な顔にシオンも父も疑問の声を上げる。

 そんなシオンたちに母はため息をつく。


「当たり前じゃない、新しい魔術とかを作ったらものによっては発表したほうが良いんだから」


「どこに発表するのさ」


「まずは魔術研究所。そしてそれが本物だと認証されれば世間へ発表されるわ」


「そーだったんだ…初めて知ったわ」


「俺も知らなかったな」


「あなたは知らないはずないじゃない!忘れてただけよ」


 父が忘れていたことは置いといて、なかなか重大なことだったらしい。


「それにシオンの作った魔術って、既存の魔術を改良したのではないんでしょう?」


「そうだね、新しい概念から生み出した感じ」


 この世界においてまだ重力や引力といった概念は認識されていない。それをシオンは前世の知識というズルを使って新しい魔術を作ったのだ。

 

 重力魔術は前世の知識というズルを使ったものだ。だから完全に自分の力だけで作ったと言えないので心苦しくはある。


「それなら絶対魔術研究所に持ち込まないといけないわ」


「持ち込んだら何かメリットある?」


「まずお金が手に入るわ。その魔術の開発者だからね。それからあなた自身に箔が付くわ。正直貴族社会において箔はかなり重要だからね?だから絶対あったほうが良いの。それからおそらく…いや、必ず魔術研究所に入らないかって勧誘を受けるわ。」


「ほえー、じゃあ発表したほうが良いね。けど魔術研究所に入ったら時間が拘束されたりとかしない?」


「それに関しては大丈夫よ。魔術研究所に入ったからといって何かしなければならないことはほぼないの。それに魔術研究所に入れば色々な魔術の資料を閲覧する権限を貰えるわ。どう?シオンが一番欲しいものじゃない?」


 その言葉にシオンは目を輝かせる。


「絶対入る!!」


「言うと思ったわ」


「発表はすぐしたほうが良い?まだ不完全なところがあるんだけど」


「それならある程度実用的になってからのほうが良いわ」


「わかった。そうするよ」


 正直まだ重力魔術はよくわかっていないとこが多い。

 だから発表はまだでいいという言葉に安堵した。


 因みにこの会話の間に父は入れなかったのでこの後少しいじけた。





*****





 日が暮れるまであと一時間といったところで馬車が止まり野営の準備に取り掛かる。


 といっても準備のほとんどは随行している騎士たちがやってくれるのでシオンたちがすることはあまりない。

 

 夜になると魔物が出る危険性もあるが、騎士が二十人ほどもいるし、何なら母と父、ついでにシオンもいるので問題ないだろう。


 そうこうしているうちに野営の準備が終わり、日が暮れ始めた。


 夜の間は騎士たちは交代で夜の番をしてくれるらしいが、土や氷の壁で囲ってしまえばいいのでは?と疑問に思う。


「ねえ母さん。これこの周り氷壁で囲っちゃダメなの?」


「あ~そうね~。それでもいいと思うけど、もし万が一があったらすぐに逃げれないから一応そう決まってるのよ」


「なるほどね、まあ騎士の仕事を奪っちゃダメか」


「それもあるわね」


 そういうことらしい。

 一瞬大変そうだと思ったが、よくよく考えれば二十人もいるんだし大丈夫かと考え直した。


 そして野営の食事はいつもよりは簡素だったが十分食べれるものだった。


 因みに風呂はないのでシオンの作った汚れを取る魔術が人気だった。

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