いざ王都へ
第18話 シオンの災難
いつもの穏やかな日常は母のこの一言で崩れた。
「シオン、今日は仕立て屋がうちに来るからね」
「え?なんで?」
「あなたの社交界のための服よ。今までそんな服一着もないじゃない」
「いわれてみればそうか…」
シオンが持っている服は魔術師のローブやラフな服といったものしかない。
普段そういった公の場には絶対出たくないし、出ないと言っていたので今までそのような服を買ったことはなかった。
「もう少ししたら来るから、それなりの恰好に着替えときなさい」
「わかった」
この時シオンは服なんてそんな時間かからないだろうと油断していた。
しかしシオンはそれは完全な間違いであったと数時間後に思い知ることになる……
*****
「奥様、シオン様、本日はよろしくお願いいたします」
そういって挨拶してくるのはいかにもやり手そうな女性だ。前世でいうとキャリアウーマンみたいな感じだ。
「ええ、お願いしますね。それで普通の服は良いとして『あれ』は持ってきたのかしら」
母の目が光る。
「ええ、もちろんでございます。当然『あれ』もお持ちいたしました」
「ふふ、それではここに運び入れてくださいな」
「承知いたしました」
あれよあれよという間に服が次々と運び込まれてくる。
その量からこれから自分の身に起こることを想像して戦慄した。
「母さん…あれ全部試すの…?」
「あら?もちろんよ。全部試してから一番いいものを決めるんじゃない」
「ははは…」
シオンは乾いた笑いしか出なかった。
そしてついにそれが運び込まれる。
「母さん…あれって何……?」
どこからどう見ても女性用の服。間違えてしまったり自分のではないんじゃないかと願ったが、この場の雰囲気からそうでないことをひしひしと感じる。
「なにって…女の子の服に決まってるじゃない」
「いや、それは分かります。なんでそれが運び込まれてるのですか…?」
「もちろんあなたに着させるためよ。昔からあなたに女装させてみたかったのよね、うち女の子いないから」
「さ、さすがにそれは勘弁して!」
「嫌よ。最近いろいろ忙しくてストレス溜まっていたからかわいいもの見ないとやってられないわ」
「そ、そんなぁ……」
確かにシオンは母譲りの顔をしているし、髪の毛もロングに伸ばしているので普通に見れば少女に見える。
しかしシオンは断じて女装趣味はないと言える。
「奥様。運び終えました」
「ありがとう。じゃあさっそく着せましょうか」
そういって二人がこちらに迫ってくるので思わず後ずさりしてしまう。
「別にちょっと服を着てもらうだけだから大丈夫よ」
「そうですよシオン様。絶対似合います」
そういって捕まってしまった。
(ああ、無常だ……。俺はどうなってしまうのだろうか…)
「さすがうちの息子ね。圧倒的に美少女だわ!」
「素晴らしいですね。逸材です」
シオンは今女物の服を着せられ、髪もきれいに結われている。はじめは化粧もさせられそうになったが、母がこのままで十分いけるといったので化粧はしていない。
確かに鏡に映るのは美少女といっても過言じゃない。この世界は地球よりも顔面偏差値が高いが、それでも美少女と十分言える。
「俺なのに俺じゃないみたい……」
しかしシオンは男なので、男だという意識と鏡に映る少女をみて戸惑ってしまう。
「シオン次はこれ着てみない?」
「え゛」
そういって持ってきたのは今着ているワンピースとは違い、ドレスだった。
「あのー……これって拒否は……」
「できないわ」
「そうっすよね」
当然こうなった女性の前に拒否権などなく、なすがままに着替えさせられていく。
それからたっぷり一時間ほど女装させられ、ようやく社交界に着ていくものを選び始めた。
「な、長い……」
社交界用の服を選び始めてから早一時間がたつ。
すぐに終わると考えていたシオンは浅はかだったと思い知った。
「次はこれね」
「はい……」
シオンはもう言われた服を着るだけの人になってしまっている。
今着ている服は白を基調とした堅苦しい正装だ。
しかし、シオンの髪色は銀なのでミスマッチ感が強い。
「これはダメね。やっぱりシオンには黒かしら」
「そうですね…他の色も捨てがたいのですが、黒色だとシオン様の銀髪も映えますね」
「ではこれに決まりだわ、長々とありがとうね」
「いえいえ、私も貴重な体験ができてよかったです」
ボーっとしていたらそんな会話が耳に届く。
「…終わった⁉」
「ええ、今シオンが来ている服で決まったわ」
「ようやく終わった……よくここまで頑張った俺…!」
「そんな大変だったかしら…?」
「男性と女性は違うものですよ奥様」
「そうね、昔はアレクも私の買い物に付き合っているときはげっそりしていたし」
(父さん…父さんも被害を受けていたのか…)
父も自分と同じように長時間付き合わされていたことを知って同士のように感じた。
(レイ兄さんとかアル兄さんもモテそうだから向こうでは苦労してるのかな……俺はこれで終わりだからさっさと部屋に戻ろ)
今回のことで、女性は買い物がとてつもなく長いということを再認識したシオンであった。
「ああシオン。私の服も選ぶからあなたもまだここにいなさい」
「へ?」
「いいですね奥様。息子であるシオン様に決めてもらいましょう」
「へ?」
数時間後、仕事が終わり廊下を歩いていたアレクサンダーが目にしたのは疲れ切ったシオンの姿だった。
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