強硬ブレイクスルー
枕元のスマホが歌い出して、起きた。
アラーム音に設定しているのは、好きなロックバンドが必ずと言っていいほどライブの締めに演る曲だ。何故かこの曲だと起きられる。とはいっても、前奏3秒で飛び起きて、歌が始まる前にはもう止めているんだけれども。
折角なのでイヤホンをつけて、改めて爆音でその曲を聴く。これですっきり目が覚める。
――ボーカルがFLY AGAINと歌う。今の私にぴったりじゃないか、いや、FLY AGAINじゃなくてJUMP AGAINか。まあどうでもいいや。細かいことは気にすんな。
大会4日目だ。最終日だからか、競技場のゲートが開くのを待つ人が溢れるスタンド裏の松林でも既に、少しひりつく興奮が弾けている気がする。
朝一番で医務室へ行き、テーピングをし直してもらう。今回もガチガチだけれども、足首だけにしか巻かなかったので昨日ほど物々しくはなくなった。それだけで足自体もよくなっているように錯覚する。そうそう、鎮痛薬も患部に塗りたくっておいたし、錠剤も飲んだし。そのくらいの思い込みは必要だ。何だっけ? プラシーボ効果ってやつ? この間の英語の長文問題でそんな話を読んだような。
とりあえず走ってみて、と言われ、石畳の上を軽く往復。足首が曲がらないので、ぴったりしたブーツかスケート靴を履いているかのような感覚ではあるけれど、走れる。走れる!
今日が最後の大会だ。今日の三段跳が、高校生活で最後の跳躍だ。だからもう、足が壊れようが何だろうが構うことはないんだ。当たって砕けろ、まさにそれ。今日の私はRestをこれでもかというほどに破っていく。右足に爆弾抱えて突っ込んでいくのだ。花火になったら、それはそれでいい。
出場するか棄権するかは、ウォーミングアップをしてから決めよう。招集の前にメールでどうするか教えて、と顧問の先生に言われて、私はスパイクと水筒と痛み止め、テーピングを詰めたナップザックを背負って補助競技場にいた。
ジャージの下には既にユニフォームも着ている。ゼッケンも着けている。きっと競技が始まるときにはじっとり汗が滲んでいるだろう。
なるべく負担をかけないように右足をかばいつつ、ゆっくりグラウンドを回る。今日も曇りだ、雨の気配はないけれど昨日よりも少し風が強い。決して悪い天気ではない。中学のときの総体は思いっきり夏だったのに対し、高校総体は5月だから助かるといえば助かる。纏わりつくような蒸し暑さはうざったいし、アオハルっぽさには欠けるかもしれないけど。
ジョグ、体操、ストレッチ、ドリル。動きにはぎこちなさが残るものの、いつもと同じウォーミングアップを淡々とこなす。ここまでは問題ない、問題はこの先なんだ。
全力ダッシュ、からのホップ、ステップ、ジャンプ。肝心要の助走と踏切に、果たしてこの足が耐えられるかどうか。
些か滑りやすい青芝の上、ぐっと地面を踏みしめて――大きく腕を振って飛び出す。右足が地面につく、いける、更に蹴る、いける、ピッチを上げる――いける!
ベストコンディションには程遠い、それでも8割以上のスピードは出せそうだった。ひとまず助走はクリアだ。
そしてもっと怖いのはジャンプだよ。跳び上がる瞬間、片足に全体重が、しかもそこへ助走のスピードも一緒にかかるのであって――しかも、私が今日挑むのは三段跳。右、右、左と3回もジャンプしなければならない。足に異常がないときでさえ、2回目の右足接地でよろけることは稀ではないのだから、流石に無謀ではなかろうか。今の私では、その場でちょっと垂直跳びするだけでも痛いわけで。
『走れます。足を左右逆にして出ます』
先生にそう送った。
左、左、右。こちらの方がまだ可能性がある気がした。
今までに左、左、右で跳んだことはない。軽い助走つきでしかやったことがない。今までやってきた練習を放り捨てるに等しい行為と言っていい。
それでも、何が何でも跳びたかったんだ。
砂場に届かなくても、そもそも踏み切ることすらできないのだとしても、最後の舞台に立ちたかったんだ。どうしても、たとえ恥を晒してでも。
どうしてここまでむきになっているのか、自分でも不思議だった。根性なしのヘタレのくせに、こんなにも往生際悪く、勝率がほぼゼロに近い賭けをしようとするなんて。
「三段跳、行ってきます」
ベンチを後にする。私たちの陸上部では、こんな風に宣言してから招集に行くことになっている。そうすると皆が口々に、行ってらっしゃい、頑張ってねと言って送り出してくれるのだ。
「まあこんな足だし、足合わせとかビデオとかはいらないから! というか恥ずかしいからそんなにじっくり見ないでね!」
いつもサポートをしてくれる後輩ちゃんにそう声をかけて、招集へ向かった。何でですか、見ますよーって後輩が笑ってた。最後くらいかっこいい姿を見せたかったのにね。とはいえ、今までにも散々かっこ悪いとこ見られてるから、今更かっこつけるだけ無駄か。
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