急冷リバイバル

 それから私は片足で飛び跳ねつつ医務室へ行った。

 とりあえず20分冷やそう、と言われ、ごつい氷の入った袋を足首に当て、ラップでぐるぐる巻きにされた。最初はよかったけれどもやっぱり冷たすぎて辛くて、そっと袋を浮かせていたらバレて固定されてしまったというわけ。冷たいのか熱いのか分からない痺れが足首を覆った。いても立ってもいられなくて、それでもむやみに動けるはずがなくて、狭いベッドの上で身じろぎしつつ耐えるしかなかった。

 しかしそれもしばらくすると慣れてきて、今度は感覚が消えていく。呆けながら身体を壁に預けて、白いベッドに足を投げ出しながら、医務室の人がセットしたタイマーをじっと見つめていた。

 アラームが鳴る。氷が外される。

 続いて触診を受けた。色んな箇所を指でぐりぐり押された。けれども、どこもそれほど痛くなかった。ただし足首を伸ばすと痛い。そうだ、爪先から砂場に突っ込んで、そのまま身体を巻き込むようにして転んだのだから、どちらかというと足の甲寄りの部分がやられているのか。右足の踝の下辺りをおかしくしたらしい。

 捻挫だね、と言われ、ふくらはぎまで黄色いアンダーラップテープを巻かれ、固定用テーピングをガッツリ巻かれ、更に足首に自着性テープを巻かれてガチガチに固定。おかげで足首が動かせなくなった。

 厳重なテーピングゆえにどうしてもぎこちなくなる足取りで、医務室を後にする。普通に、とはいかないけれど痛みなく歩ける。音はすごかったけれどもただの捻挫のようだし、案外大丈夫なのではないかと思った。

 ベンチに戻る頃には、「やらかしました」と皆に笑って言えるくらいの余裕が戻っていた。


 とにかくRICE。できるかぎり回復させて明日に備える。

 Rest(安静)、Icing(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)。保健の授業で習うやつだ。足首をリュックの上に乗せつつ、30分冷やし、5分間足首を揉み、また30分冷やし――これを今日はずっと繰り返すように言われた。普段だったら面倒くさがってやらない気がするけれど、今回は事態が事態なのできちんと言われた通りにケアをした。

 声を掛けてくれる友人。雨の中、コンビニまで替えの氷を買いに行ってくれる友人。皆の温かさが身に染みた。

 捻挫した直後はどうしようどうしようというパニックに陥って、不安のスパイラルに呑み込まれていたけれども、皆の顔を見ていたら抜け出せた。心身を縛めていた、固く冷たい緊張が溶けていった。「無理だ。終わった」が、だんだんと「誰がここで終わるかバカヤロー」に置き換わっていった。

 傘を差して客席に座り、応援に加わる。雲の薄いところから漏れてくる白々しい陽光、いくらか色を失ったタータンと芝生を睨んだ。


 ◇


 つつがなく競技は進行し、ただ私のみにとっては悲劇的であった大会3日目は終了し、5時を過ぎて競技場を出る。病院に行けと言われたけれども、生憎保険証を持っていなかったのでパス。途中で薬局に寄り、痛み止めを買って帰る。こんなものを買うのはついぞ初めてだ。何しろ今までに大きな怪我をしたことがないもので。右も左も分からないので、先生に言われたとおり、錠剤と塗り薬を両方買っておいた。氷も買った。

 テーピングを外してみると、思ったより腫れてはいなかった。変色している風もない。何だ、大したことない、と思いつつ普通に足を着いたら、ギンと痛みが突き抜けてベッドに引っくり返ったけどね。

 やっぱりテーピングがないと駄目らしい。けれどもまあ、裏を返せば、テーピングと薬に頼れば何とかなりそうな怪我の程度だということだ。骨が砕けたわけでもなければ、筋肉がちぎれたわけでもない。今日も、準決で肉離れを起こして決勝の舞台を、ひいてはインターハイを逃した選手を見た。その人に比べたら私なんて余程ましな方なんだろうな。捻挫とかダサいな、とか思ってたけど、これが骨折とか靭帯損傷とかだったとしたら、それこそ一貫の終わりだもんね。仮に明日を諦めないとするならば。

 ナップザックにタオルを詰めたものの上にそっと右足を乗せて、RestとElevationを馬鹿の一つ覚えのように守りつつ、明日に備えて眠った。半分以上はかっこつけだったけれども、幾分かは「跳びたい」という意地が私の闘志を繋ぎ止めていた。

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