永遠を消す日

西野ゆう

第1話

 私はひねくれ者なのだろうか。

 夕方のゼミでのことだ。デジタルボードには「永遠」の文字の下にアンダーラインが二本引かれているだけ。

 最初の十五分は「永遠なんてない」ということに終始していた。形あるものは必ず失われる、或いは変化する。原子や素粒子であってもその枠からはみ出さない。

 精神的な意識、思想についてもそうだ。仮に強い意志と忍耐力があったとしても、人の命が有限である以上、当然だろう。

 そこまでは良かった。私も永遠なんてないと信じて疑わない人間だ。


 馬鹿みたいに信じた約束。

 分かっていたのだ。「ずっと」なんて嘘だと。それでも言われたことが素直にうれしかったし、信じようとした。信じたかった。

 同じ立場に立てば、多くのものもそうだろう。

 今なら何度でも力強く言える。「永遠なんてない」と。


 しかし、教授はここにきて発言を反転させた。

「永遠は存在する、とは表現がおかしいですかね。だがそうですね、永遠に存在するものは間違いなくあるのですよ。それは事実なのです」

 このゼミに学生は私を入れて三人しかいない。それでも、ざわつきというものが生まれた。「永遠なんてない。あるのは永遠という言葉だけだ」という結論で纏まろうとしていた話が、また振り出しに戻されたのだ。

「先生、じゃあ、永遠にあるものってなんですか?」

 ひとりの学生が訊くと、教授は小さく笑った。

「今言ったではないですか」

 誰もが頭の中に疑問符を浮かべる中、私にはそれが何か分かった。確かに教授は答えを述べている。

ですね」

 私の出した答えに、教授は満足気に頷いた。

 私はやはりひねくれ者なのだろうか。あるいは頑固者なのかもしれない。正解とされた答えを述べておきながら、若干の苛立ちを覚えていた。

 一方で背筋を伸ばし、自信満々な教授は私に「正解だ」と誇らしげに告げ、さらに続けた。

「例え世界が、いや、宇宙が消失したとしても、我々が今日『永遠』について議論したというは、永遠に変えようがないことなのですよ」

 私の斜め向かいに座る学生が挙手し、教授は頷いて発言を促した。

「それも『観測者』が存在してこそではないですか? 誰もいなければその事実もなくなります」

 教授は口を閉じたまま口角を上げ、首を横に二度、三度と振った。

「観測者の存在は関係ありません。例えば君が高校時代にネットで公開したダンス動画。『黒歴史だ』なんていっていましたが、ネットに公開していなかったとしても、ダンスした、という事実は永遠に残るのです」

 私はとうとう口を開いた。

「理屈っぽい。ううん、屁理屈だよ」

 私はひねくれている。かつ、頑固だ。そして、自分が正しいと信じている。彼の、いや、彼氏だった男の情けなく許しを請う声が頭に蘇り、ぐるぐる回り始めた。

「やっぱり、私は永遠なんてないと思います」

 教授も持論に絶対的な自信があるのだろう。うっすら浮かべた笑みは消えない。

 理論的ではない。概念的な話だというのに。

 癪に障る、人を馬鹿にした笑みだ。

「それでもやはり、今私たちがここに存在している『事実』は永遠に失われないのです」

 私の中で何かが芽生えた。事実ではなく、真実を知りたいという欲求だ。

「わかりました。では、実験を提案します」

 道具はいくらでもあった。彼らを消す道具。永遠を消滅させる道具。

 私は、観測者をことごとく消した。完全に。

 そして、永遠はその文字だけをデジタルボードに残し、私を見下ろしていた。

 私は最後の仕上げだと、デジタルボードのコンセントを抜いた。

「プツン」という軽い音を残してデジタルボードは、ただの黒く平らな板になった。

「ほら、ね」

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永遠を消す日 西野ゆう @ukizm

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