第8話 暗闇の中
「事件じゃないって、どういう意味?」
そういえば、財布がなくなったと騒ぎ始めたとき、なぜかメイがクスリと笑った気がした。あの時点でメイは何かわかっていたのかしら。
「そのままの意味よ? 最初から事件なんてなかった。それなのに、どうしても事件にしたい人がどこかにいるみたいだよね」
「事件にしたい人がいる?」
「そう。それを解決しなきゃ原田さんは教室に帰ってこれない」
キッと眉間に皺を寄せて空を睨んだメイが、スッと立ち上がった。
「ねえ、委員長。お願いしたいことがあるんだけど」
「お願い?」なんだろう。
「うん。生徒会で作ってる学園通信があるでしょ? 毎月掲示板に張り出してるやつ」
「ああ、うん。あるね」
学園通信とは、前の月に学校で起こった部活の対外試合の成績や、生徒会の活動情報、転入してきた先生の写真やプロフィールなどを毎月、学校の正面ロビーの掲示板に掲載しており、各クラスの委員長はその編集委員を兼務しているのだ。
「去年の5月発行の学園通信を見たいんだけど、残ってるよね?」
「もちろんあるけど」
「それ持って、学校が終わったらうちに来てもらえない?」
「持ち出すの?」
「うん。どうしても見ておきたい記事が載ってるはずなの。それからさ——」
メイがにゅっと顔を近づけて囁いた。
「明日は日曜日でしょ。今夜、うちに泊まらない?」
は?
「いやあ、流石にそれは両親がどういうか……」
門限とか、うちは結構厳しいのだ。しかも、まだ家頭メイという子とは泊まりをするほどの友達関係では——
「うちのパパに保証人になってもらうから。あなたの協力が欲しいの。お願い」
メイが顔の前で両手を合わせた。
「まあ……いいけど。でも、なんで私?」
「だって、原田さんと美田園さんとは友達でしょ? それに、委員長は空手の有段者なんでしょ。その力をほんのすこーしだけ貸して欲しいの」
メイがニヤッと笑う。確かになごみは、空手の有段者だ。
「ま、まさか、危ないことじゃないよねえ?」
ジトっとメイを睨む。
「ほんと全然。楽勝よ。じゃ、お願いね」
それだけ言うと、メイはダッと階段を駆け降りて行った。
彼女が何を企んでるのやらわからないが、美羽と円香をなんとかしたい。彼女にはそのことで何か含むことがあるらしい。とりあえず話には乗ってみてから考えよう。
「ねえ、危なくないって言ったじゃん」
声をできるだけ抑えて、なごみはメイに文句をいう。
「しゃべらないで。見つかったらやばいから」
メイがささやく。
「だったらさあ——」
その瞬間、メイの手がなごみの口を押さえた。
コツコツコツ。廊下に足音と共に懐中電灯の灯りがチラチラ見える。ちょうど警備員の巡回時間らしい。
やがてガラッと扉が開いて、警備員と思しき人影が真っ暗な室内を懐中電灯を動かしながら隅々まで照らしている。そして、異状のないことを確認したのか、静かに扉を閉めた。
そして足音と灯りはゆっくりとそこから離れて行った。
そのときメイとなごみがいたのは、学校の職員室だった。先ほどから部屋の隅にある衝立の陰に隠れ、体をできるだけ低くし息を殺していたのだ。
「ふう。やっと行った。これで当分は安心ね」
暗闇の中、なごみと体をくっつけ合うよにして隠れているメイが小声でささやいた。
学校の巡回は警備会社に委託されており、生徒会の情報だと午後9時から2時間おきに校内の巡回がある。今の巡回が午後9時だから、今から2時間はひとまず安心というところだった。
生徒会室から去年の学園通信をそっと持ち出したなごみは、学校が終わってから先に円香の家に寄り、彼女の持ち物を届けた。なぜあんなことになっているのかわからない円香はすっかり憔悴しきっており、なごみはしばらく円香に付き添ってから自宅に帰った。
案の定、なごみが友人の家に泊まるというと、母がとても心配する。そこで、メイとの打ち合わせ通り、まずは喫茶店ホームズへ電話をしてもらい、メイの父が保証人になることで、やっとお泊まりの許しをもらうこととなった。
「ははん、やっぱりねえ……」
メイはなごみが持ち出してきた去年の学園通信を読みながら、一人で納得している。だが、何を見ていたのか、結局教えてくれなかった。
「さて、そろそろ行こうか」
食事のあと、テレビを見ていたメイが時計をちらっとみて言った。
「えっ、こんな時間から?」
「まあ、一晩かからないことを祈りましょ。ついてきて」
「あっ、ちょっと。あなたのお父様には——」
「もうお酒飲んで寝てるわ。大丈夫、一回寝たら簡単には起きないから」
できるだけ黒っぽい服を着てきてと言われていたので、なごみは紺色のジーンズと深い青のジャンパーを着ている。メイも黒っぽいジーンズとグレーのパーカーだ。
自転車でメイの跡をついてゆくと、着いたのは学校だった。裏口の木陰に自転車を停め、物陰を伝いながら校舎に入ってゆく。流石にこの時間はもう残業の先生もいないようだ。
二人はそっと職員室へ入り、部屋の隅にある衝立の陰に身を潜めたのだ。なんともいえず狭い場所だった。
「すぐ帰るって言ったじゃん。なんでこんなとこに隠れなきゃいけないの」
警備員が立ち去り、なごみが再びメイに文句をいう。
「すべては、最初から掛け違っていた」
メイはなごみには答えずに、吶々と語り出した。
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