第7話 誤算

 校長先生たちの話はこうだ。

 警察から学校に入ってきた防犯情報では、この辺りの地区の高校で起きている連続窃盗事件は、犯人が荒らすのは職員室、主に先生たちが積み立ててある忘年会旅行の会費とかがピンポイントで狙われているらしい。

 そこで昨夜、上田先生はその犯人を捕まえてやろうと、明かりの消えた職員室の物陰にジッと隠れて張り込んでいたところへ人影が現れた。《犯人》はためらわずに、まさしく上田先生の席へ向かった。

 実は、なごみの高校の職員会の幹事は先生たちの1年ごとの持ち回りで、今年は上田先生が会計担当として会費を預かっている。もちろん帰宅時には机に鍵はかけているが、警察の話では狡猾な犯人は鍵の開錠にも慣れた常習者だとみられるということだ。

 その犯人が真っ直ぐに上田先生の席に向かったのを確かめ、上田先生はそっと入り口のスイッチへ近づくと、職員室の明かりを点灯させた。


 突然明るくなった室内に、美羽が上田先生の机の前で呆然と立ちつくしていた。

「何をしてるんだ」

 上田先生の怒鳴り声。まさか室内に誰かいるなど、まったく思ってもみなかったのだろう、美羽は怯えるばかりで、逃げることも忘れていたようだ。

 上田先生が美羽に近づくと、美羽は上着のポケットを不自然に押さえている。不審に思った上田先生がポケットの中のものを出すように言ったところ、震えながら美羽が差し出したもの、それが円香の財布だった。


 学校としては、生徒の不祥事は学校内で処分するのが普通だが、今回ばかりは他の高校でも起きている連続窃盗事件の可能性が高いと判断し、上田先生は警察にも通報した、というのが昨夜の事件のあらましだった。


「つまり、美羽が連続窃盗事件の犯人だと言ってるんですか」

 震えながら泣き始めた円香の肩を撫でながら、なごみが先生たちへ聞いた。

「まあ……、私たちも疑いたくはないが、状況的に、ねえ」

 校長先生が言葉を濁し、教頭先生と顔を見合わせていた。

「そんなはずがありません。美羽がそんなことをするなんて、ありえません」

「でも、その財布が盗られたとき、すぐ近くにいたのも彼女ですよね?」

 教頭が言う。

「それなら、私だって隣の席です。美羽だけじゃありません」

 なごみは思わず声を張り上げた。

「だが、財布を持っていたのは原田だ。動かぬ証拠、というやつだ」

 勝ち誇ったように上田先生が言われ、返答ができなかった。


 疑いたくはないなんて、絶対嘘だ——

 顔を見れば、言わなくてもわかってる。きっともう、私が絶対違うと言っても信じてくれそうもないとなごみは確信した。

「円香、行こう」

 これ以上ここにいたら、何を言っても美羽に都合の悪いことばかりしか聞いてくれないだろう。

 なごみと円香は立ち上がって出入り口へ向向かった。

「美羽はお休みですか」

 なごみは振り向いて、最後に上田先生に聞く。

「ああ。当分な」上田先生は、とても嫌味な顔で笑った。「おおそうだ。教室に帰っても、ここで聞いた話は黙っておけよ。バレたら原田がかわいそうだ」

 全然華わいそうなんて思ってもないくせに——

 なごみは泣き続けている円香の手をしっかり握り、校長室を後にしたのだった。


 教室へ帰ったら、なごみと円香は何があったのかみんなに聞かれるだろう。自分は口が固いのはみんな知ってもらえてるからいいが、円香は今の精神状態では厳しいかもしれない。

「円香、今日はこのまま帰った方がいいよ。リュックとかはお昼の授業が済んだら私が届けるから」

 今日は土曜日で、学校は昼までだ。

「うん」と円香は弱々しく返事をして、校門の方へ向かった。


「さて」

 どんな顔をして教室に入ろう。いろいろ悩んだが、取り繕っても仕方ない。

 ガラリと扉を開けると、案の定みんなに取り囲まれて「突撃取材」を受けた。先頭はもちろん愛美だった。

「どうってことないの。昨日、円香が失くした財布が落ちてたらしいから、受け取っただけよ」

 なごみは涼しい顔で、総攻撃をさらりとかわした。

「円香は?」愛美がいう。

「ホッとして気が抜けちゃったみたい。今日はお休みよ」

「じゃあ、美羽は?」

「美羽のことは知らないよ? お休みでしょ」

「そんだけ?」

「もちろんよ。他に何かあるの?」

 事件を期待したみんなが拍子抜けしたように、自席に帰ってゆく。委員長になって、すっとぼけることが上手くなったなあと、我ながら感心してそのまま席へ帰ると、ただひとり納得していない様子の家頭メイがジッと見ていた。


 そういえば、昨日メイが言った言葉をふと思い出した。

「答えはひとつしかないでしょ」と言いながら、メイは笑っていた。あれはどういう意味だったんだろう。この結末までを予想していたのだろうか。

 彼女とだけは話したほうがよさそうだ。顎をちょっと横に振り、目で「ちょっとついてきて」という仕草をして立ち上がる。教室を出てしばらく歩き振り返ってみると、少し距離を空けてメイがついてきていた。


 授業など今はどうでもいい。そのまま階段を上がって屋上に出る。流石にこの時間にここにいる生徒などいない。

 教室から見えない位置に座ると、しばらくしてメイが隣に座った。


「家頭さん、昨日あなたの言った答えって、どういうこと?」

 メイがジッと見た。

「何があったの?」

 そう問われて、なごみは口外無用と念を押し、まずは校長室の出来事を手短に語った。

「あなたは、これは事件じゃないって昨日言ったよね。あれはどういう意味」

 メイは驚いた様子でなごみの話を聞き終わると、後ろで括った長いポニーテールを両手で掴んで額の前で拝むように持った。

「ねえ」

「シッ」

 なごみがもう一度問いかけようとしたが、メイに制される。メイはポニーテールを掴んだまま、しばらく何事か考えていた。

 やがて、髪から手を離し、つぶやくようにメイが言う。

「そこは誤算、だったわ。まさか、そんな返し方」

「じゃあ、あなたもやっぱり美羽がとったって思ってたの?」

 ちょっと怒り混じりになごみがいうと、

「まさか。昨日言ったじゃない。これは事件じゃないって」

 メイが澄んだ瞳で、なごみを見つめていた。

 

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