第4話 なにこれ
僕は時々自転車に乗ってあてもなく走り回ることがある。人にぶつかったりするのは嫌なのでゆるゆると漕ぐ。
この日は南に向かって行ける所まで行こうと思った。
片側三車線の広い道路に出た。歩道も広めだ。ゆるゆると進む。
大きなスーパーマーケットの前にさしかかった。駐車場の出入りを誘導する人が2人立っているのが見える。入口、出口に1人ずつなんだろうな。
手前の誘導員にゆるゆる近づく。70歳くらいの爺さんだ。
近づくとその爺さんは先の方にいる誘導員これも爺さんっぽいの方に顔を向けて何か言ってるようだった。
さらに近づくと「なにこれ?なにこれ?」と言っている。
そのうち「なにこれ?」と言いながら先の方にいる爺さんに向かって歩きだした。
僕ののろのろ自転車は「なにこれ」爺さんに追いつき追い越した。追い越しながら見ると両手を身体の前でくねくねさせながら「なにこれ」と言っている。言いながら先の爺さんに近づいて行く。
自転車はゆるゆると進み「なにこれ」の声を背に進む。
もう一人の誘導員の爺さんに近づく。俯いて胸の前で手を動かしている。よく聞き取れないが口の中で「これはその」とか言っているようだ。
小柄な丸顔の気の弱そうな爺さんだ。
「なにこれ」を背に自転車は進んでいく。
後ろを振り向くことはしなかった。
おそらく俯いていた爺さんが手を動かしていたんだろう。その動かし方が自動車を誘導する動かし方ではなく意味不明に「なにこれ」爺さんには見えたのだろう。それで怒って近づいて行ったんじゃないか。
「なにこれ」爺さんが先輩で、俯いていた爺さんはこの仕事を始めたばかり。そんな感じなのだろう。
南に向かって進んだけど特に面白いものもなかった。あちこち走り回り疲れてきたので帰途に就いた。
あのスーパーマーケットに逆方向から近づく。
誘導員の爺さんの姿が見えてきた。悄然とうなだれ両手をだらんとしたに下げている。その前をゆるゆると通り過ぎる。爺さんは悲しそうだった。
「なにこれ」爺さんに近づいていく。爺さんはちらちらと横目で悄然としている爺さんを睨んでいる。怒りと蔑みの色が目に浮かんでいる。
生きるってこういうことなんだな。そう思った。
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