第26話 今日は私と一緒に居て
昼下がりの屋上にて向かい合う少年少女。
少女の目はまだ少し腫れているが、その表情には落ち着きを取り戻しつつあった。
そんな中、授業開始の予鈴がなった。
俺は腕時計を確認する。
時刻は13時過ぎ。
そろそろ教室に戻った方がよさそうだ。
「そろそろ昼休みが終わっちゃうから教室に戻ろっか」
俺が教室に戻ろうとした瞬間、ふと身体を引っ張られる感覚があった。
振り向くと、うつむきながら俺の裾を掴む少女の姿があった。
「あの...その...」
彼女は眉を八の字に曲げ、何かを言い出そうとしては止め、申し訳なさそうにこちらを見ている。
「巡井さん、どうしたの?」
「頼っても良いですか...?」
「え?」
「その...今は誰かに側に居て欲しくて、話を聞いて欲しくて、大来帰君に頼っても良いですか?」
巡井さんは唇をきつく結んだ。
それと同時に裾が少し引っ張られる感覚があった。
彼女の手を見れば、先ほどよりも強く握られた指先が僅かに震えているのが分かった。
「私まだ心の中がモヤモヤしてて、もうあんなバカな真似はしちゃダメだって分かっているのにどうしても不安で、一人になるのが怖くて...」
俺はなんてバカなんだろうか。彼女の手がこんなに震えているのに教室に戻ろうとしていたなんて。巡井さんに対する配慮が足りていなかった。
彼女を今一人にしておいてはいけない。こんな事誰だって分かるはずだ。
巡井さんが勇気を振り絞って頼ろうとしてくれたんだ。
それに答える以外の選択肢なんてないだろう。
「すぐに立ち直れる人なんていないと思うし、不安な気持ちを拭えないのも変な事じゃない。頼りないかもしれないけど、巡井さんの気持ちが晴れるまで一緒にいるし話も聞く。だから先ずは頼ってくれてありがとう」
彼女が両の手で俺のシャツを優しく掴む。そして控えめに自分の額を俺の胸に合わせた。
「ありがとうございます。その...今は今だけはこのままで...」
言葉のやり取りはなかった。
俺は、目を瞑る彼女がその震える指を解くまで唯々その場に佇んでいた。
****
どのくらい屋上にいたのだろうか。
授業終了のチャイムを2回ほど聞いたような気がする。
晴れ晴れとしていた空はすっかりと夕焼け色に染まり、肌を撫でる風はずいぶんと涼しくなった。
この間、俺は巡井さんの話を聞いていた。
大好きだった母親が亡くなってしまったこと。姉が姿を消してしまったこと。探しても見つからなかったこと。今では俺と同じように一人暮らしをしていること。
彼女は少しずつ俺に話してくれた。
そんな話を聞いていて、俺は彼女を自分と重ねてしまっている事に気がついた。
彼女の痛みが分かるなんて事は言わない。それと同時に俺の痛みが誰かに分かるとも思わない。
しかし、何かをしてあげたい、救ってあげたいと思う気持ちは人一倍持ち合わせているのだ。
「その...少し落ち着きました」
彼女は落ち着きつつも、少し疲れた顔をしていた。
「少しでも役に立てたなら良かったよ。そろそろ下校の時間だから、ここを閉められる前に移動しようか」
俺は屋上の入り口を指差す。
「はい。あの、大来帰君はこの後予定とかってあるんですか?」
「俺?予定は特にないよ。後は家に帰るだけかな」
「その...迷惑だって分かってるんですけど、私もご一緒しちゃダメですか?今は...誰もいないあの家に帰りたくないんです」
両の手を結び、申し訳なさそうに切願する彼女。
「ダメなんて事はない。俺は巡井さんの不安が晴れるまで一緒にいるって言ったんだ。だから迷惑だなんて気にしなくて大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます」
巡井さんは少しだけ安心したような表情をした。
今日は、いや、彼女が前を向けるようになるまでは一緒にいよう。
俺はそう心に誓った。
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