第25話 消えないもの
昼休みの屋上。
フェイスにもたれ掛かる少年と地面に崩れ落ちた少女。
二人の表情は曇りがかっている。
「本当に何もないのか?」
「えっ...?」
俺は少女に問う。
「大切な人はそんな事を望んでいるのか?」
「知ったような事言わないでください...。私の事何も知らない癖に!」
「あぁ知らないよ!それは俺には分からない事だ。だから自分の胸に手を当てて考えてくれ!本当に何も残ってないのか!?」
「私は...」
少女は戸惑っている。
何か引っ掛かる所があったのかもしれない。
俺は少女に語りかけるように話始めた。
「聞き流してくれても良い。これは俺と親しかった人の話だ」
人に話すような事ではないかもしれない。出来れば話したくない。でも、今の彼女には必要な気がした。
「そいつは高校生だった。両親と実家で三人暮らし。裕福ではないけどそれなりに幸せな毎日だったよ」
「当たり前の環境、当たり前の毎日。日常の中ではこれが崩れるなんて考えもしないんだ。当たり前過ぎて気づけなかったのかもしれない」
「でもその瞬間は突然やってきた。そいつは旅行先の事故で両親を失くした。自分一人だけが生き残ってしまったんだ」
彼女が顔をあげる。
赤くなった目元は確かにこちらを見ている。
「そいつは後悔した。何でもっと当たり前を大事にしなかったんだ。何でもっと身近な人を大切にしなかったんだって」
「そして思うんだ。自分には何も残ってない、心に穴が空いてしまったってね。それだけじゃない。他の人と関わることで、また大切な人を失うんじゃないかと考え、それが恐ろしくて人を避けるんだ。一人で全部抱え込んで苦しくなって自分を傷つけて、最後には死のうと考える」
言葉の一つ一つに熱がこもる。
少女の救いを求めるような眼差し。
自分の話を聞く彼女があの時の自分のように感じられた。
「でもそいつは生きることを選択した」
あの時自分が悩んで悩んで分からなかった事。
「自分の中に残っているもの、宝物を見つけたんだ」
あの時自分が掛けて欲しかった言葉。
「大切な人との会話、大切な人との思い出、大切な人の愛情。そいつの中にはそれが色濃く残っていた。そして想像するんだ。大切な人なら自分になんて言うのか、自分はどうすれば良いのかってね」
彼女に届いて欲しい思い。
「それだけで十分だった。生きようと思えた」
思い出は色褪せても消えないって事を。
「もう一度聞く。本当に何も残ってないのか?」
彼女は目を瞑りに両手でそっと胸を押さえる。
そして涙を流しながら苦しそうに切なそうに笑った。
「痛い...けど...温かい。お母さん...お姉ちゃん...私幸せだったんだ。私の中にも残ってた。私...私...忘れたくないよ...」
俺は彼女に手を差し出す。
「辛い事があったら誰かに頼っても良い。それが先生でも友達でも屋上に入り浸っている変な奴でも。だから戻ろう。そんな危ない所にいたら大切な物を落としちゃうかもしれないから」
彼女が俺の手を取る。涙で濡れて冷たくなったその手には、確かな温かさが宿っていた。
「俺は
「私...私の名前は
燦然と輝く太陽の光に照らされ二人の手が強く結ばれた。
どこまでも続く青色の空は暗闇を切り裂くように晴れ渡っていた。
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