第23話 とある少女の過去2



「翔鈴ちゃん最近元気ないけど何かあったの?」


 仕事終わりの少し疲れた表情の母が心配そうに声を掛けてくれた。


「何もないよ...お母さん。私大丈夫だから」


 本当の事を言ったら父に殴られてしまう。

 だから私は何も言わなかった。何も言えなかった。


 私が我慢をすれば良いだけの事。

 そうすればきっと元の幸せな家族に戻れるはず。


 大好きな母の顔を見る。

 涙が溢れそうになってしまった。


 泣いちゃいけない。

 心配をかけてはいけない。

 約束を守らなければいけない。


「ご飯の時間までお勉強してくるね」


 私は今すぐにでも一人になりたかった。

 このまま一緒に居れば母に頼ってしまいそうだから。

 嘘をついて自分の部屋に戻ろうとした時、ギュッと後ろから抱擁される。


「あっ」


 ふと声が出た。いきなりの事で驚いたかもしれない。

 しかし、溢れ出したのは声だけではなかった。


「ごめんね。お母さん気づいてあげられなくてごめんね」


 大好きな母の匂いが感触が温もりが私の心を溶かしていく。


「お母さんは翔鈴ちゃんの味方だから。何があっても絶対に一緒にいるから。だから何があったのか教えて」


 緊張がすっとほどけ、我慢していたものも溢れる。


「お母さん...ごめんなさい...私が悪いことを言ったからごめんなさい...黙っていてごめんなざい...おがあざん...おがあざん!」


 私は母に抱きついた。


 痛かった。

 辛かった。

 本当は助けて欲しかった。


 まるで赤ちゃんに戻ったかの様に声を挙げて泣いた。

 母の優しい手が、豆が出来て少し硬い指先が私の頭を撫でる度に気持ちが軽くなった。


 途切れつつ話す繋がりのない言葉を母は文句も言わずに聞いてくれた。


「翔鈴ちゃんは頑張った。お利口さんだった。だから何も心配しなくていいし、謝らなくていいの。もう我慢する必要もないし、頑張らなくていい」


 母は真剣な表情だった。もしかしたら少し怒っていたのかもしれない。


 そして私に呟いた。


「翔鈴ちゃんは私が絶対守るから」


 ****


 それから数日もしない日に私達は引っ越す事になった。

 その中に父の姿はなく、母とお姉ちゃんと私の3人だけで暮らすことになった。

 部活動を頑張っていたお姉ちゃんに申し訳なくて『ごめんなさい』と謝ったら


「謝るのは私の方だよ。翔鈴気づけなくてごめんね。私は翔鈴の味方だから。味方であり続けるから。だからこれからも翔鈴のお姉ちゃんで居てもいい?」


 と言われた。

 私が『いいよ』と言ったら、抱きつかれてしまった。

 頭をわしゃわしゃと撫でられ少しくすぐったかったが、自慢のお姉ちゃんに撫でられ誇らしかった。


 新しい家は前の家よりも小さかった。

 でも、その分暖かさを感じられて私は幸せだった。


 母が仕事を頑張ってくれる分、私は家の事を頑張った。

 3人で力を合わせての生活は苦ではなかった。

 むしろ前の家での生活よりも楽しいと感じる。


 裕福ではないけど暖かさを感じる幸せな家庭。

 この生活が続いていくとこの時は信じていたんだ。








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