第22話 とある少女の過去1


 私は幸せだ。


 優しい両親に自慢の姉。

 休みの日にはお出掛けをして家族皆で過ごす日々。


 些細な事で笑いあって、一緒に居ると落ち着いて、そんな家族でいる時間が大好きだった。


 だから私は幸せだ。

 幸せなはずだった。


 いつからだろうこの関係が壊れてしまったのは。


 小学校2年生の頃。

 私は大好きな父が帰ってくるのを玄関で待っていた。

 父の顔を誰より早く見たかった。

 父が時々お土産を買ってきてくれて、それも楽しみだった。


 ガチャリと玄関を開ける音。


「おかえりさない!」


 私は父に抱きついた。

 抱きつくと父はいつも『汗臭いから離れな~』と優しく頭を撫でてくれた。

 私は頭を撫でられるのが好きだったからわざと父に抱きついていた。


 今日もきっと頭を撫でてくれる。

 そう思っていたが、父は私の腕を手をほどき洗面台に行ってしまった。


 何で撫でてくれないのだろう?

 私は不思議だった。

 その日の父に元気がなかったのは今でも覚えている。


 次の日から父がずっと家に居てくれるようになった。

 仕事に行っている母や中学の部活動がある姉は帰りが遅い。

 だから私は誰かが帰ってくるまで孤独だった。


 でも父が居てくれる。

 私は嬉しかった。

 一人じゃないんだと思えた。

 でも父はお酒を飲んでばかりで遊んでくれる事はなかった。

 私は少しがっかりした。


 そんなある日私はふと思った事を口にしてみた。

『お父さんは会社に行かないの?』と

 小学2年生の純粋な疑問。

 きっとそれがいけなかった。


「え?」


 突然頬に強い衝撃が走った。

 理解出来ずに茫然とする。

 父は見たことのないような顔で怒っていた。

 理解が追い付くと同時に突き刺すような痛みが私を襲った。


「お前の為に!お前達の為にこっちは働いてやってたんだぞ!それなのにお前は何も分かってないのか!」


 私は我慢出来ずに泣いてしまった。

 きっと悪いことを言ってしまった。


「ごめん...なさい...お父さんごめんなさい...」


 だから謝った。

 謝ればいつもの父に戻ってくれるそう思ったから。

 そんな私の期待は裏切られることになる。


「今の事は誰にも言うなよ」


「えっ?」


 父は変わらず怒った顔だった。そして腕を振り上げもう一度私を叩こうとして─


「誰かに言ったらもっと痛いことするからな」


 そう言って頬に当たる直前に腕をおろした。


 私は怖くて何で叩かれたのか分からなくて唯々謝り続けた。


「ごめん...なさい...ごめんなさい...もうしません」


 じりじりと痛む頬に手を当て必死に必死に謝る。

 きついアルコールの匂いと乱雑に横たわるビール缶が印象的だった。


 その時からだろう。

 父の大きな手が、私を撫でてくれる大好きな手が凶器に見えるようになったのは。


 そして私の大好きな父が居なくなってしまったんだ。






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