第20話 消えた思い出



「おはよう、大来帰」


 微睡まどろみの中聞こえる少女の声。

 軽い倦怠感と頭痛。

 長い夢を見ていた気がする。

 何かを大切な事を忘れているような気もした。

 また、眠りにつけば夢の続きが見れるのだろうか。

 しかし、自分の名を呼ぶ声を無視をするわけにはいかない。


「心?」


 顔を上げれば金髪の少女の姿。

 周りを見渡せばクラスメイトが各々雑談をしている。

 意識が覚醒し、自分が学校に居た事を思い出す。


「えっ?そ、そうよ。やっと呼び捨てで呼んでくれたわね」


「あっ...」


 俺は不意に彼女を呼び捨てで呼んでしまったらしい。

 同じ文化祭委員になったとはいえまだ4月であり、付き合いも長くない。

 少し馴れ馴れしかったかもな。


「ごめん、心さん。呼び捨てはちょっと馴れ馴れしかったかも」


「良いって!私もあんたの事呼び捨てで呼んでるし、そっちの方が私としてもその...嬉しいから!」


「分かったよ、心さ...心」


 俺の言葉を聞き満足げに頷く彼女。

 彼女は快く許してくれたが、何故呼び捨てで呼んでしまったのだろう?


 今までは『さん』付けで呼んでいたのに、顔を見たら自然と呼び捨てになってしまった。

 きっと寝ぼけていたのだろう。


「大来帰あんた...何かあった?」


 彼女は何やら不思議なものを見るような視線で話しかけてきた。


「え?特に何もなかったと思うけど。でもちょっと寝ぼけているかな」


「そう...なのね」


 彼女は腑に落ちない表情だ。


「文化祭について色々決めていかないといけないから、また声掛けるわね」


 そう言い残し彼女は自分の席へと戻っていった。


 4限終わりの昼休み。

 朝の頭痛は時間と共に消えていた。

 教室では仲の良いグループでお弁当を食べるため、机を動かすクラスメイトの姿。


 配置的に俺の席も使いたいだろうな。


 いつも通りの事だが、昼食は屋上で過ごそう。

 そう思い、菓子パンの入ったビニール袋に片手に教室を出る。

 遠目で教室内を見れば、すぐに自分の席が他の机と統合されているのが分かった。


 どうやら俺が出ていくのを待っていたらしい。

 別に嫌がらせを受けているわけではないが、気分の良いものじゃないな。


 どうせ俺はぼっちですよ。


 不貞腐れながら階段を登り、屋上への扉を開ける。

 この時間の屋上は人が居なく快適だ。


 俺はいつも通り建物の影になり、日の当たらないお気に入りのスポットへ向かおうとした。


 その途中、フェンスの前で黄昏たそがれる一人の少女を発見した。


 珍しく先客が居る。

 長い黒髪と整った横顔の少女。


 少女はこちらに気づいていない様子だった。

 知り合いでもないし、余りジロジロ見るべきではないだろう。


 俺はビニール袋の中から菓子パンを取り出し食べ始める。


 気にしないようにはしていたが、どうしても少女を目で追ってしまっていた。

 少女は何をするわけでもなく、ただ空を眺めているようだった。


 何をしているのだろうか?

 もしかしたら俺と同じでぼっちなのかもしれない。

 そう考えると親近感が沸いてくる。

 少女本人は御免かもしれないが。


 暫くすると少女が動き出した。

 そしてフェンスに手をかけ、乗り越えようとし始める。

 まさか飛び降りようとしている!?


「危ない!」


 俺は持っていた菓子パンを投げ捨て、少女に駆け寄る。


 少女はそこで初めて俺の存在に気づいたようだ。


 俺はそんな少女を安全な場所まで引き戻すために手を掴んだ。

 その瞬間─


『大来帰くん』


 バチッと音のするような静電気が走った。

 静電気と共に頭に浮かぶ映像。

 砂嵐のようで曖昧なシルエット。

 一瞬で消えてしまい良く分からなかった。


 俺は不思議な体験に困惑する。

 少女も一瞬驚いたような表情を見せた。


 向かい合った少女を見る。


 黒いロングヘアーに、ライトブラウンの大きな瞳。

 整った顔だちに精気はなく、どこか憂いを帯びた表情だった。


 お互いに無言のまま見つめ合う。

 そして沈黙を破ったのは俺だった。



「な、何をしようとしていたの?」


「鳥を見ていました」


「鳥を見てた?」


 覇気のない返答だった。


「フェンスを飛び越えようとしてたよね?下手したら滑って落ちていたかもしれないよ!?」


「そうですね」

 

 虚ろな瞳はまるでこちらを見ていない。

 義務のように淡々と答えているように感じる。


「危ないから絶対あんな事しちゃダメだよ」


「すみません。今後から気をつけますね。それでは」


「えっ、待って!」


 引き留めようとした俺の事はお構いなしに彼女は屋上から出て行ってしまった。


「何だったんだ?」


 何も分からないまま会話を切り上げられた。

 彼女は何がしたかったのだろうか?


 困惑を隠しきれない俺と投げ捨てられた菓子パンだけが屋上に取り残された。










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