第15話 心の過去2


 私は図工の時間での一件以来彼を目で追うようになっていた。


 彼は飛びきり運動が出来るわけでも勉強が得意なわけでもないようだった。

 だが、友達がいないというわけではなく、今も数名のクラスメイトとも会話をしている。


 何故自分が彼の事を気になるのか分からなかった。

 自分の作品を褒めてくれたから?

 それなら今まで褒めてくれた先生や友人の事も気になるはずだ。

 そうでないという事は別の理由があるのであろう。


 胸のモヤモヤは晴れることはないが、彼に対してのイライラは不思議と全くなかった。



 そんなある日の帰りの会。

 小学校ではお決まりの断罪裁判が行われていた。

 裁判の内容は掃除の時間に教室の窓ガラスが割れた事について。

 誰かが割ってしまい、その犯人が見つかっていないのだ。


「窓ガラスを割った人は正直に名乗り出てください」


 正直バカバカしいと思う。

 割った犯人がいたとして、自主的に出てくるなんて思っていなかったから。


 周りのクラスメイトを見れば心底めんどくさそうに、早く終われば良いのにという感情が伝わってきた。


 これは私だけでなく皆も気づいていることだろう。

 かくいう私もめんどくさいと思う一人だった。


「出てこないようですね。それでは心さん。教室の掃除リーダーとして何か知っていますか?」


「えっ?すみません。何も知らないです...」


「本当に何も知らないのですか?心さんは気が利いて周りの事をしっかり見ているから何か知っていると思ったんだけど。もしかしてクラスメイトを庇ってたりする?」


 それは不意打ちだった。先生の顔を見ると、私たちと同様に早く終わらせたいという表情が伝わってきた。


 きっと先生も犯人なんて興味がなくて、仕方がなく茶番を演じているんだ。


 そしてこのタイミングでの名指し。

 きっと私が誰かの名前を出せば、その人が犯人だろうが、犯人じゃなかろうが断罪されるだろう。


 犯人なんて誰でも良かったんだ。でもこのままでは埒が空かなくて帰れない。だから私の名前を出したんだ。


 真面目で皆の事を見ていて頼られる私だから。

 そんな人物に名前を出されれば白だったとしても黒に変わる。

 そんな都合の良い優等生。


 先生だって嫌われ役になりたくない。

 だったら都合の良い生徒に押し付ける。

 それが私だった。


 何で私なの?

 今まで人の顔を窺って生きてきた。それが行けない事なの?

 何で私が嫌われ役を買わないといけないの?

 酷く腑に落ちなかった。


 私が名前を出せばこの茶番は終わる。

 でも誰が犯人か分からないし、分からないと言えば先生は落胆するだろう。


 だから私は黙っていた。

 嘘をつきたくなくて、でも先生の期待に答えなければいけないような気がして、葛藤が生まれていたから。


 そんな中誰かが呟いた。


「犯人心なんじゃね?」


 教室が静まり返った。


 そして、その火種はどんどんと広まっていき、教室内がざわざわし始めた。


『何で心ちゃんは黙っているんだろう?』『何か知っているからじゃない?』『もしかして本当に心がやったのか?』『えっ!?あの心ちゃんが?でも黙っているってことはそう言う事だよね』


「心さん。本当は心さんが割ったんですか?」


「違...」


 先生の目を見た。それはまるで私を犯人だと決めつけるような目だった。


 私は助けを求めるように班のクラスメイトを見た。

 彼らは私がしっかりと掃除をしていた所を見ていたからだ。

 きっと彼らなら否定してくれる。

 そう思ったから。


 でも現実は残酷だった。

 彼らは私と目を合わせてはくれなかった。


 そんな彼らからは『関わりたくない』『庇ったら自分が疑われてしまう』そんな表情が伝わってきた。


 そこで私は悟った。自分が十字架に張り付けられている事を。

 誰かが誰かの責任を取らされる。そんな結末が決まっていて、それが運悪く私だっただけ。


 途端に視界から色が失われていく。

 一度広がった火は簡単には消せない。

 きっと私が責任を取らされるだろう。

 だから、私は否定もせずにただただ断罪されるのを待っていた。


 その時─


「心は真面目に掃除やってたよ」


 そんな事を誰かが呟いた。


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